政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)⑫:コミュニティ

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郵便局の見えにくい社会貢献

小泉内閣の「郵政民営化路線」反対の一環として、「郵便局の見えにくい社会貢献」を論じたことがある注1)。その後も、民営化直前まで北海道警と北海道郵政公社が共同で行っていた「P&Pセーフティネット」の成果を利用して、地域社会における郵政業務がもつ安心・安全機能を紹介した注2)

同時に、高齢者の在宅見守り機能や各種のホームサービスメニューを取り上げて、コミュニケーションの地域拠点として、郵便局は相互扶助と相互鼓舞に役立つコミュニティの核になりうるとまとめた(金子、2011a:150-154)。

それから10年が経過して、コロナ禍の中で刊行されたJP総合研究所郵政民営化検証委員会編(2021)や『JP総研Research』(Vol.54 2021年6月)などを参照すると、同じような論点が続いてきたことが分かる。とりわけ「民営化の功罪」を整理した一覧表は、問題意識を共有する私にとっても極めて有効であった(JP総合研究所郵政民営化検証委員会編、2021:82)。

(前回:政治家の基礎力(情熱・見識・責任感)⑪:資本主義のバージョンアップ

郵便局をめぐる「民営化のマイナス影響」

私はコミュニティ論からの地方創生への関心が強いので、郵便局をめぐり「民営化のマイナス影響」として要約された4点、すなわち①社会への貢献は強まらなかった、②地方再生との有機的連帯がない、③少子高齢化への具体的貢献なし(過疎化阻止の効果ない)、④地縁・血縁等見えない地域連携を中央感覚で排除・破壊したなどを見ると、日本でコミュニティを研究してきた社会学者の一人として忸怩たる思いが強い。

確かにたとえばフランスでは、今日でもコミュニティ活動は胡散くさい目で見られているという。19世紀後半のヴィクトリア朝のイギリスでは、コミュニティが貧困、犯罪、売春、住居の問題に取り組んでいた。ところが、20世紀の福祉国家がそれらのコミュニティをすべて壊した(ドラッカー,2002=2002:212)。そうであれば、福祉国家かコミュニティかは二者択一の選択肢でしかないが、それではコミュニティのもつ豊かな意味が矮小化されてしまう。

経済学からのコミュニティ期待論

ドラッカーの立場では、先進資本主義国家がますます肥大化する国民の福祉ニーズを充たせなくなった反省から、依然としてコミュニティを求める時代が続いていることになる。ただし、「かつてのコミュニティは、束縛的だっただけでなく、侵害的であった」(同上:269)という認識のもと、21世紀になってドラッカーは将来を見通した部分で、「新しい人間環境としての都市社会の行方は、そこにおけるコミュニティの発展いかんにかかっている」(同上:268)という結論に至った。

もっともドラッカーのコミュニティはNPOへの期待として語られており、経営学でのコミュニティ論の限界でもある。もちろん逆にいえば、社会学で長年論じられてきた地元密着型(locality-based)の共同関係や相互扶助ではないし、構成員を束縛も侵害もしないという新しい文脈で語られたところに特徴もある。

「コミュニティ」の復活・再建には、資本主義を壊すしかない?

少し遅れて経済学の中谷は、「近代化によって我々は『自由』という禁断の実を手に入れた。・・・・・・(中略)あらゆる制約から自由になったひとは、コミュニティの温かい人間関係を失い、社会の中で孤立してしまう」(中谷、2008:363-364)と書いた。

ドラッカーの認識とは異なり、ここでは資本主義が破壊する「社会とのつながり」(同上:138)の一部として温かな「コミュニティ」が想定されている。この対偶命題は、「社会とのつながり」を与える温かな「コミュニティ」を復活・再建するには、資本主義を壊すしかないということになり、中谷は盛んにブータンやキューバを持ち上げる注3)

なぜなら、「これらの国がいまだにグローバル資本主義体制に組み入れられていないから」(同上:156)である。しかしこれではドラッカーの期待を裏切り、先進資本主義社会の都市のコミュニティは育たない。

コモンの領域とコミュニティ

それから12年後にも、経済思想の専門家が「脱成長コミュニズム」の結論部分で、「コモンの領域を拡げ」(斎藤、2020:356)、「顔の見える関係であるコミュニティや地方自治体をベースにして信頼関係を回復していくしか道はない」(同上:357)とのべている。

これらの広義の経済学的な論理と実例に接すると、40年以上コミュニティ社会学の研究を生業としてきた私は、戸惑うばかりである。

なぜなら、社会学では温かな「コミュニティ」の有無という出発点の事項が、経営学や経済学それに経済思想を踏まえた政治経済学では結論になっているからである。

この種のねじれの原因は、本来の意味でコミュニティ全領域を扱ってきたはずの社会学の非力性はもちろん、隣接分野からの社会学的業績の摂取が不足しているからであろう。その成立当初から、社会学では広い意味のコモンやコミューンそれにコミュニティを論じてきた歴史があるのに、それが社会科学全体では共有されていないのである注4)

「コミュニティ」はtimeless questions utopian model

社会学界内部の量的な蓄積は膨大であり、コミュニティがtimeless questions utopian modelだとして、そこから経験的に認識可能な理論へと転換する試みは学界内部ではほぼ共通に認められる。

コミュニティの要として、これまでも共同、共働、協働、協力などの組み合わせが作られてきたが、コミュニティ論の決定版は得られていない。その意味でコミュニティは、論者が使う指標次第で現状認識にも将来展望にも使用されてきた。

コミュニティへの新たな問いかけ

社会学説のなかでコミュニティとは何か、コミュニティはなぜ必要か、コミュニティは何の役に立つのか、コミュニティは何を指標とするか、コミュニティはどのような状態にあるか、コミュニティをどのように作り出すのかなどを、実態面と理念面を往復運動し、理論的立場や実証の分野から具体的に明らかにしようという問題意識で、私は学界デビューした(金子、1982)。

それまでの研究史を概観して、それは「コミュニティの三角形モデル」に結実した(図1)。

図1 コミュニティの三角形モデル
出典:金子(1982:60)。

これは大学院時代から恩師鈴木広博士のコミュニティ調査の手伝いをして、綜合社会学的な社会認識としてヒト、モノ、ココロの三次元を知り、先行研究から学んだ結果、簡単なコミュニティモデルとして発表したものである。

コミュニティの三角形モデル

「関係」には社会関係と社会集団を含み、今日的にはソーシャルキャピタルと呼ばれる領域をカバーする。物財は社会システムの機能要件として位置づけられており、当時は生活要件ないしは社会的共通資本、あるいはかつて松下圭一が提唱したシビルミニマム(1971)を使った。また、コミュニティミニマムとして具体的な現状把握の過程で、当時流行していた社会指標作成やQOL研究の枠組みに吸収されて、そのまま学界共通の資産になった注5)

意識は社会心理の延長上にあり、コミュニティ意識やコミュニティ精神と言われていた。鈴木はコミュニティ意識をディレクション(D)とレベル(L)に分け、コミュニティの方向性を表現するよう概念として「コミュニティノルム」、住民の意欲水準を表わす概念として「コミュニティモラール」を造語した(鈴木編、1978)。

この三角形モデルもまた意識面ではコミュニティノルムとコミュニティモラールを踏襲している。コミュニティの定義を通説とは変えて「社会的資源の加工によって生み出されるサービスの供給システム」(金子、1982:60)としたのは、コミュニティが単なる関係システムを超えて、福祉、介護支援、子育て支援、生活協力、共同防衛などニーズ充足の全体を引き受けているからである。

ここにいう社会関係では、鈴木が開発したインフォーマル関係とフォーマル関係の二極で具体的な分析を進め、物財面では社会指標論やQOLに接合する形でコミュニティの生活要件論をまとめた(金子、1993)。

コミュニティの四角形モデル

その後、地域活性化や内発的発展論そして一村一品運動をコミュニティ論に取り込んだために、コミュニティの四角形モデル(図2)に修正した。三角形にもう一つの極として行事(イベント)開催や祭りそれに一村一品運動などを付加したのである。ただし四角形モデルでも、コミュニティを「社会的資源の加工によって生み出されるサービスの供給システム」と定義したのは変わらない。

親しい人間関係を主軸として、そして共同学習、共同体験、共同防衛、生活協力などを通して、地方都市におけるコミュニティ性(community-ness)が実際に社会的機能として芽生えることを期待したのである。

図2 コミュニティの四角形モデル
出典:金子(1997:123)。
(注)V.A.はボランタリー・アソシエーションの略

コミュニティの伝統的使用法

その一方で、日本における実証的農村研究を通して膨大な蓄積があった人類学や社会学では、ようやく新・全訳が刊行されたエンブリー(1939=2021)に象徴されるように、次のようなコミュニティの使用方法が認められた。

訳本で400頁の本文でコミュニティという単語が使われていた頁は41か所であったので、便宜上通常の分類に従い、境界限定地域(locality-based)、地域関係集団(地域社会構造・ソーシャルキャピタル)、地域意識文化(アイデンティティ・精神文化)の3種類に分割した。そうすると、表1が得られた。

表1 エンブリーの『須恵村』で使用されたコミュニティ概念の分類
出典:エンブリー(1939=2021)

実際に「境界限定地域」の使用に該当すると私が判断した文章は、たとえば「生活の全ての詳細を考察できる規模のコミュニティ」(同上:15)、「須恵村には全部で17のこうしたコミュニティがある」(同上:56)などの表現が挙げられる。

ソーシャルキャピタルとしてのコミュニティ

「地域関係集団」はさすがに多く、このうち「地域社会での関係」が18か所、地域で暮らす人々の「ソーシャルキャピタル」が13か所になっている。

前者には「日本の村落コミュニティの暮らし」(同上:13)、「農村コミュニティには、……(中略)親密な地元の集団、強い血縁関係、神聖な自然環境を敬う季節的な集まり」(同上:20)、「コミュニティの資産家」(同上:191)、「長い伝統を持つ古くて安定した農村コミュニティ」(同上:286)などの使用法が例示できる。

また「ソーシャルキャピタル」の事例としては、「コミュニティのこの共同労働」(同上:153)や「両親は、家族をもう一人コミュニティに加える」(同上:231)、「コミュニティ、もしくは社会的関係を持つ個人のネットワーク」(同上:352)などがある。

そして「地域意識文化」は、「コミュニティの考え方の全てが、コミュニティの環境や生き方に即して説明できるわけではない」(同上:348)、「コミュニティの信仰と祭り」(同上:353)などに象徴される。

村落から都市へ

エンブリーの場合、人類学的手法による1930年代の日本(熊本県)農村調査という制約があるが、それでも伝統的なコミュニティ論が持っていた概念の幅に収まっている。

境界限定の地域社会と施設(生態学)、地域社会構造と社会関係(社会学)、地域意識と慣行(社会心理学)に分類すると、人類学の手法は現地住み込みの参与観察法を駆使するので、これらすべてを網羅してしまう。その意味でも、『須恵村』は1930年代当時の日本農村社会の断片を鋭く描き出した作品であるといってよい。

社会学での中心は地域社会構造と社会関係であり、合わせて限定された地域における施設や住宅なども取り上げる。ただし地域意識や規範などは、社会構造やソーシャルキャピタルを媒介としたコミュニティ意識として実証的に研究されてきた。コミュニティモラールとノルム(鈴木、1978)やコミュニティモデル(奥田、1983)などは、農村だけではなく都市でも標準的なコミュニティ意識として活用されてきた。

実体概念と規範概念としてのコミュニティ論

一方では、農村研究での現実的コミュニティ論があり、他方では、資本主義の将来への期待概念として都市コミュニティ論が存在する。これらの先行研究の多くを取り込んで、しかも現代社会でも通用するコミュニティ像を求めて、実体概念と規範概念として組み立て直したことがある。

具体的には、以下のような二項対立的な姿を描くことになった(金子、2011a:2)。

コミュニティ論における二項対立

  1. 実態としての存在性 ⇔ 象徴的な存在性
  2. 目標としての有効性 ⇔ 手段としての資源
  3. 戦略としての現実性 ⇔ 動員できる可能性
  4. 歴史性を帯びる概念 ⇔ 将来性に富む概念
  5. ソーシャルキャピタルか ⇔ アイデンティティ意識か
  6. 社会システムか ⇔ ソーシャルキャピタルか
  7. 空間性を帯びるか ⇔ 空間を超越しているか
  8. 政治社会的概念か ⇔ 精神文化的概念か

実態か象徴か

少し解説してみよう。これら二項対立のうちでは、学術的にも行政的にも「実態としての存在性 ⇔ 象徴的な存在性」としての使用方法が一番多い。要するに、エンブリーの例に見られるように、特定の境界をもつ地域社会における「温かい人間関係」の存在をめぐる考察がここに該当する。

同時にそれが感じられない地域社会では、「温かい人間関係」づくりが社会目標とされて、「人間らしい地域社会」をコミュニティが「象徴する」ことになる。

たとえば表2は、社会学からコミュニティの実態を明らかにするための実証的研究の成果である(松宮、2022)。この表を作成するために10年間の比較研究がなされている。このように実態としての研究成果がないと、目標、手段、戦略、資源などへのコミュニティ論の応用は難しくなる。

表2 コミュニティ比較調査の結果
出典:松宮(2022:173)

目標か手段か

それを踏まえて、自治体による地方創生や地域活性化などの政策展開において、「目標としての有効性」と「手段としての資源」として、コミュニティが使われる場合がある。

「目標」では「温かい人間関係」を軸とはするが、加えて社会的共通資本としての道路、港湾、鉄道、集会施設、公園、学校、病院、郵便局などの充足もまた語られることが多い。最終回のテーマとなる地方創生論では、いわゆる「まち、ひと、しごと」のうちの「ひと」と「まち」がこれに関連する(金子、2018:211-236)。

私はこの延長線上にコミュニティのDLR理論を模索したことがある(金子、2016)。鈴木のD(方向、direction)とL(水準、level)に、R(資源、resource)を加えたものであり、私なりの地方創生モデルでもある。

戦略か資源か

もちろんコミュニティづくりは地域政策の目標でもあるから、「戦略としての現実性」は絶えずあり、3年後や5年後、さらには10年後の地域社会像をコミュニティ論で描き出そうとする使い方も多い。実際には動員できる資源(R)には限りがあるので、かつての自治省が実施してきた「モデルコミュニティづくり」に典型的な、可視性に富む「箱もの」づくりに収斂しやすい。

なぜなら為政者には、目に見える施設の方が、選挙その他で自らの成果としてもアピールしやすいからである。

歴史性か将来性か

「歴史性を帯びる概念」としては「共同体」があり、日本内外を問わず多くは封建制との関連で批判的に議論される。そこでは「共同体」が地域社会の中で個人を抑圧してきたことが強調され、したがって今日それは解体の対象となる。

対照的に「将来性に富む概念」としてのコミュニティは、ドラッカー、中谷、斎藤ら経済学関係者が期せずして使用した将来社会設計の一部に位置づけられるものであり、解体よりもむしろ希望の星として追い求める対象の意味合いが強い。

「ソーシャルキャピタル」か「アイデンティティ意識」か

「ソーシャルキャピタル」か「アイデンティティ意識」かでは、前者では信頼のおける親しい社会関係や集団所属を指す。また後者では、地域社会意識のうち、たとえば既述したコミュニティモラールの構成要素である参加意欲(commitment)、愛着意識(attachment)、結束意識(integration)などがあり、それぞれに設問が用意され、具体的な指標を通して地域社会で測定されてきた(鈴木、前掲書)。

すなわち、ソーシャルキャピタルが社会関係面をカバーして、アイデンティティ意識が地域社会意識を包括する。後者の一部として、批判的意味合いの伝統的な「ムラ意識」や「信仰と祭」なども使われることもある。

「社会システム」か「ソーシャルキャピタル」か

「社会システム」か「ソーシャルキャピタル」かの使用も散見されるが、パーソンズの社会システム論の応用としてコミュニティ社会システムが流行った時期がある(Warren,1972)。

コミュニティを社会システムとして理解すると、生産・流通・消費、社会化、社会統制、社会参加、相互扶助の5機能が結びついた状態を想定することになる。ただしこの場合では、現在の「ソーシャルキャピタル」は社会参加と相互扶助に吸収されてしまう。

空間性

「空間性」では地理学に言う水平的な距離と境界線の問題になる注6)。どこまでの範囲をコミュニティとするかもまた長年議論されてきた。

一方で、「空間を超越している」とは、たとえば「精神の共同体」として教会や学界や企業などを媒介とした個人間の結びつきを表わすことが多い。あるいは企業や官庁などの組織における中央と地方の連携、すなわち「東京本社-地方中核都市支店-地方営業所-地区出張所」といったタテの系列を意味することもある。

コミュニティ概念の指標一覧

以上を踏まえて私は、実証的に使用する際の指標を組み合わせてきた(表3)。現代日本のコミュニティ論ではこれらの「二項対立」を点検して、自らのコミュニティ概念の位置づけをしておきたい。これだけの幅があれば、論者が異なると融通無碍の使用が可能になるからである。

表3 コミュニティ概念の指標
(注)金子の作成

たとえば既述したドラッカーは、「目標としての有効性」と「戦略としての現実性」の観点から、「社会統合」的な将来展望をコミュニティに込めて使用していることになる。また中谷ならば、「実態としての存在性」を強調したうえで、連帯性の「強」、「社会的凝集性」の「強」、「対面的接触性」の「濃」に思いを寄せて使っていることが分かる。斎藤ならば、実態としての存在性に加えて、「対面的接触性」の「濃」に依拠したコモン論の一部になる。

郵便局とコミュニティ

冒頭で紹介した『郵政民営化検証委員会報告書』では、コミュニティ論の関連で言えば、「地域の『暮らし』と『安全』を最前線で支える『見守り役』」が強調された(武井、2021:56)。また、少子高齢化社会への対応として同じく「見守りサービス」の意義が語られた。

さらに「地域活性化」の取り組みとして、郵便局がもつ「物流」、「送金・決済」、「物販代行」機能の総合化も主張されたうえで、生産者組合、企業、NPOなどとの組み合わせが模索された(立原、2021:76)。NPOなどとともに「地域活性化ビジネス」の可能性をコミュニティレベルで展開することは、地方創生の文脈にも沿っている。もちろん「環境Environment、社会Social、ガバナンスGovernance等を踏まえたESGの投資の遅れ」(同上:81)もあった。

一方、『JP総研Research』(vol.14 2021年6月)の「地方創生リレー対談」では、コミュニティレベルに論点が絞られて、移住支援の問題への協力、自治体からの住民サービス業務の委託、空き家問題調査の取り組み、自治体の商品券販売などが、郵便局への期待として具体的に語られている注7)

地方創生の基礎理論としてのコミュニティ

地方創生「まち・ひと・しごと」では、過疎地域から政令指定都市までの違いを前提とした「地域ビジョン」の作成が重視されたが、「目標としての有効性 ⇔ 手段としての資源」のなかに該当するために、コミュニティの将来展望に直結する重要な課題になる。

日本農業では担い手の高齢化が進んでいる注8)。そのため、移住や交流を若者だけに期待するのではなく、定年退職者とのつながりも想定され始めた。各世代のノウハウ、技術、知識を地域活性化に結びつける核として、郵便局ネットワークにも出番があるという整理もある。

これらは10年前に行われた佐渡市長の講演会において、「郵便局は既に地域維持の柱に組み入れられている」(高野、2011:28)として、ア)行政による支えのシステム(出張行政サービス、情報伝達システムなどによる支援)、イ)一次産業協同組合等による生産支援システム(生産資材供給、生産品販売システムなど)、ウ)農協漁協金融窓口撤退後の金融支援システム(窓口補完業務)、の3点が郵便局に期待されていた(同上:29)。

いずれも「実態としての存在性」と「戦略としての現実性」に分類できる「コミュニティ」の使い方であり、その要に郵便局が位置づけられているのは変わらない。

コミュニティ論に郵便局を位置づける

各論者の意向を集約すると、民営化以降の郵便局は、地域を超えては「物流の全国ネットワークの地域拠点」、地域内では「自治体の窓口業務代行」、住民からは「多世代活用の身近な窓口」に大別できる。コミュニティに関連があるのはいずれも「窓口」機能である。

そしてそれを行うことを通して、郵便局職員のワークモチベーションを維持するには、多様なビジョンを描きながら、郵便局が地域資源の筆頭にあるという将来像への歩みであると整理できる。

しかし、コミュニティの持つ意味と意義は奥深いので、全国24000の郵便局の実情に合わせて、そして地方創生との関連の中で、コミュニティへのさまざまなかかわり方が模索される時代でもある注9)

(次回に続く)

注1)初出は朝日新聞(2004年12月2日)であり、後に金子(2014:102-103)に収録した。

注2)北海道郵政局と北海道警との「P&Pセーフティネットの実体と有効性」についての調査結果は、金子(2006)で具体的に紹介している。

注3)この違和感については金子(2022、2.11)の「『脱炭素と気候変動』の理論と限界③」ですでに取り上げている。

注4)マッキーバー(1917=1975)からコミュニティ論を始める経済学者は皆無と言ってよい。

注5)社会指標やQOLの研究は1970年代から世界的に流行して、今日までその流れは続いている。

注6)アーリに象徴されるが、モビリティこそが社会の根幹だとする立場にも賛同者が多い(アーリ、2000=2006)また、吉原(2022)も参照。

注7)これはコミュニティが「サービス供給システム」であるという文脈で理解できる事例である。

注8)新しい資本主義実現会議が6月7日に公表した『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現』(案)では、「足腰の強い農林水産業を構築する」(同上:28)とされているが、現在の農業従事者の平均年齢が68歳にまでなっていることを知っていたのだろうか(連載第10回 2022年6月25日)。現在の農業労働に従事する人々の際立った高齢化率を考えた時、何をどうしたら「足腰の強い農業」が可能になるのであろうか。

注9)吉原(2019)では、「共生の作法」の観点から、コミュニティを多様性、寛容性、安全・安心、ボーダーとボーダーレス、弱さと強さなどを包括した新しい概念化が模索されている。

【参照文献】

  • 新しい資本主義実現会議,2022,『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現』(案)同会議。
  • Drucker,P.F.,2002,Managing in the Next Society,(=2002 上田惇生訳『ネクスト・ソサイエティ』ダイヤモンド社)
  • Embree,J.F.,1939,The Suye Mura :A Japanese Village, The University of Chicago Press.(=2021 田中一彦訳『新・全訳 須恵村-日本の村』農文協.
  • JP総合研究所郵政民営化検証委員会編,2021,『郵政民営化検証委員会報告書』JP総合研究所.
  • 金子勇,1982,『コミュニティの社会理論』アカデミア出版会.
  • 金子勇,1993,『都市高齢社会と地域福祉』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,1997,『地域福祉社会学』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会.
  • 金子勇,2011a,『コミュニティの創造的探究』新曜社.
  • 金子勇,2011b,「郵便局の見えにくい社会貢献」『JP総研Research』vol.14 :18-24.
  • 金子勇,2014,『「成熟社会」を解読する』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2016,『「地方創生と消滅」の社会学ー日本コミュニティの行方』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2018,『社会学の問題解決力』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2022,「『脱炭素と気候変動』の理論と限界」アゴラ言論プラットフォーム(8回連載).
  • MacIver,R.M.,1917,Community,Macmillan and Co.Ltd.(=1975 中久郎・松本道晴監訳『コミュニティ』ミネルヴァ書房).
  • 松宮朝,2022,『かかわりの循環-コミュニティ実践の社会学』晃洋書房.
  • 松下圭一,1971,『シビル・ミニマムの思想』東京大学出版会.
  • 中谷巌,2008,『資本主義はなぜ自壊したのか』集英社.
  • 奥田道大,1983,『都市コミュニティの理論』東京大学出版会.
  • 斎藤幸平,2020,『人新世の「資本論」』集英社.
  • 鈴木広編,1978,『コミュニティモラールと社会移動の研究』アカデミア出版会.
  • 高野宏一郎,2011,「離島佐渡から見た郵政改革」『JP総研Research』vol.14 :26-29.
  • 武井孝介,2021,「国民・利用者の視点からみた『郵政民営化』」JP総合研究所郵政民営化検証委員会編『郵政民営化検証委員会報告書』:40-57。
  • 立原繁,2021,「郵政民営化が『日本郵政』『経営陣』『社員(従業員)』に与えた影響」JP総究所合研究所郵政民営化検証委員会編『郵政民営化検証委員会報告書』:58-81。
  • Urry,J.,2000,Sociology Beyond Societies, Routledge.(=2006 吉原直樹監訳『社会を越える社会学』法政大学出版局.
  • Warren,R.L.,1972,The Community of America(2nd, Rand McNally & Co.
  • 吉原直樹,2019,『コミュニティと都市の未来』筑摩書房.
  • 吉原直樹,2022,『モビリティーズ・スタディーズ』ミネルヴァ書房.

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