「米軍の対中継戦能力も1週間」の衝撃

防衛三文書と防衛費増額は自衛隊の脆弱な継戦能力を憂いた故安倍晋三の遺産だ。米シンクタンク「CSIS」が23日、「EMPTY BINS IN A WARTIME ENVIRONMENT The Challenge to the U.S. Defense Industrial Base(戦時環境下の空箱 米国の防衛産業基盤への挑戦)」と題する論考で、対中戦争で米軍のミサイルは1週間で尽きるという衝撃的な現状を明らかにした。その米国のバイデン政権は25日、ウクライナにエイブラハム戦車を供与することを公表した。

そう言えば23日の読売新聞は、「日本への中距離ミサイル配備、米が見送りへ…『反撃能力』導入で不要と判断」と報じた。また筆者は昨年3月、トランプ政権当時の19年7月に台湾に売却すると発表した総額22億ドルの武器リストにあったM1A2Tエイブラムス戦車108両のことが、台湾陸軍が昨年2月に行ったM41A3戦車の退役式を報じた「ラジオ・タイワン・インターナショナル(RTI)」で全く触れられていないことを「訝しい」と指摘した(「海峡危機に備える台湾の『戦車』小史」)。

M41A3戦車については前記拙稿をお読み願うとして、M1A2Tエイブラハムス戦車は湾岸戦争やコソボ紛争、イラク戦争などで最強を証明したM1型シリーズ最新のM1A2の台湾向けだ。バイデンは25日、「ウクライナに31両のエイブラムス戦車を送り、できるだけ早くウクライナ軍の戦車維持のための訓練を開始する」と述べたが、届けるには「時間がかかる」と付け加えた。国家安全保障会議のジョン・カービー報道官は「実際に納入されるのは何ヶ月も先だろう」と述べた(26日の「Axios」)。

24日の「Politico」に拠れば、米軍保有のエイブラハムス戦車からは、ウクライナに送る前に機密通信機器などを取り外す必要があり、非常に複雑な装備で訓練も難しい上、ジェットエンジンを搭載しているので1マイル当たり約3ガロンのジェット燃料が要るとある。同戦車の旧型は目下、オーストラリア、イラク、エジプト、クウェート、モロッコなどが運用中で、ポーランドも24年の納期で250両を発注済で、特にエジプトは米国との数十年来の共同生産契約により千両以上の旧型を持ち、断トツに数が多いとも報じている。

ウクライナへの戦車供与については、ドイツのレオパルド2戦車の名前が初めに上った。英国は先般、チャレンジャー2戦車14両を供給すると発表したが、本命はドイツのレオパルド2重戦車だ。ポーランドなどの同盟国は保有するレオパルド供与の意志を表明するも、ドイツが首を盾に振らぬうちは叶わぬとされた。ドイツの立場は、「米国がエイブラハムスを供与するなら」という腰の引けたものだ。

バイデンにエイブラハムスのウクライナ供与を強く要請し、ドイツをしてレオパルド2供与に踏み切らせたのは、新たに下院外交委員会委員長に就任した共和党マイケル・マッコール議員だ。彼はエイブラムスが「たった1両」あれば、同盟国がロシアとの戦いのために自国の戦車在庫を放出すよう促すには十分だ」「ウクライナが陥落すれば習近平主席は台湾に侵攻する。ロシアと中国(が重要)だ」と述べた。バイデン側近の民主党クリス・クーンズ上院議員も「もしドイツが、アメリカがエイブラムスを送るという条件でレオパルド供与を認めるなら、我々はエイブラムスを送るべきだ」と同調した。

共和党政権になれば米国によるウクライナへの武器供与にブレーキが掛かる、との論があるが、マッコールの対応を見る限り、そういった気配は窺えない。但し、筆者は「ウクライナが陥落すれば習が台湾に侵攻する」との彼の論には必ずしも賛同しない。ウクライナ国内にいるロシア系住民の民族自決の成就は、今や7割近くが台湾人アイデンティティを持つに至った台湾国民の民族自決に繋がるからだ。習は台湾侵攻をこの戦争の帰趨と絡めてはいまい。

斯くエイブラハム供与には時間が掛かる様だが、レオパルドは100両が3ヵ月以内に供与されるという。それらと14両のチェレンジャーがウクライナの戦況にどう影響するかが焦点だが、ロシア側も「スプートニク」が連日報じるように対抗策を講じるだろうし、これまでのこの戦いの推移と同様に、またロシアの突然の侵攻を世界中の識者が外したのと同じ様に、極めて予測が難しい。

ロシアによるウクライナ侵略を収めることが何故こうまで難題かと言えば、それは偏にロシアが国連安保理事会の常任理事国でありながら核保有国の一方の雄であるからだ。もう一方の雄である米国がリーダーシップを発揮することこそ、この難題を解決する唯一の方策だが、そのバイデンがプーチンと正面から向き合わず、高々武器供与という本質から外れた政策でしか対応できないとは実に嘆かわしい。

在日米軍司令部(USFJ)SNSより

そこでCSIS論考のことになる。著者のセス・G・ジョーンズはCSISの上級副所長で、50人以上のスタッフと広範なネットワークからなるチームを率い、国家安全保障に関する戦略的洞察と政策的解決策を提供する、防衛戦略、軍事作戦、戦力態勢、非正規戦の専門家だ。彼は序論で次の様に述べている。

米国の防衛産業基盤は、現存する競争的な安全保障環境に対して十分な準備ができていない。現在、米国の防衛産業は平時の環境に適したテンポで運営されている。台湾海峡での中国との戦争のような大規模な地域紛争では、米国の軍需品の使用量は現在の米国防総省の備蓄量を上回り、「空箱」問題に発展する可能性が高い。

CSISの一連の戦争ゲームの結果によると、例えば台湾海峡での紛争では、米国は長距離精密誘導弾など一部の軍需品を1週間以内に使い果たす可能性が高い。また、米国の防衛産業基盤が大規模な戦争に対応する十分な急増能力(surge capacity)を欠いていることも浮き彫りになっている。

つまり、ウクライナ戦争が示すように、大国間の戦争は核戦争というよりも長引く産業型の紛争になる可能性が高い。その抑止に失敗した場合、長引く戦争に十分な弾薬やその他の兵器システムを生産できる強固な防衛産業が必要とされるので、効果的な抑止は、部分的には、軍需品やその他の兵器システムの十分な備蓄に依存する、としているのだ。

ところが米国は現在、ロシアとのこの産業型通常戦争でウクライナへの直接支援を膨大な金額しているのに加えて、インド太平洋地域では中国と米国の間で緊張が高まっているとジョーンズは述べる。そしてこうした課題の規模、範囲、意味をよりよく理解するために、以下の様な質問を投げかけている。

第一にウクライナ支援に照らして、米国の防衛産業基盤の生産能力はどの程度か。第二に米国の主要な兵器システムと軍需品の備蓄状況を含めて、米国が一つまたは複数の主要な戦域戦争に関与することの意味合いは何か。第三にFMS(外国への武器売却)やその他の政策と規制は、どのようにギャップを埋めるのに役立ってきたか、そして主な課題は何か。第四にこれらの課題を解決するためにどのような解決策が考えられるか。

その上でジョーンズは、ウクライナ戦争は、大国間の競争と紛争では米国と主要な同盟国やパートナー国の強力な産業基盤が必要であることを実証したが、ウクライナはその一部に過ぎないとする。そしてより憂慮すべき課題は、インド太平洋地域を含む将来の1つまたは複数の戦争に備えた産業基盤のあり方であるとし、米中間の競争が激化し、ロシア、イラン、北朝鮮、テロ集団からの脅威が続く中、米軍は、2回とは言わないまでも、少なくとも1回の大規模な戦争を戦う準備が必要であると述べる。

その具体的な解決策としてジョーンズは、軍需品総所要量の見直し、補給要件の再評価、戦略的軍需予備軍の創設、現在および将来の要求を満たすための持続可能な軍需品調達計画の決定(大国を抑止し、戦うために、打撃、防空、ミサイル防衛などへの投資に重点を置き、その割合を最大化する)、買収アプローチの拡大と契約プロセスにおける柔軟性の活用、下請け(sub-tire)への投資、主要な同盟国やパートナー国のための FMS と ITAR(国際武器取引規制)の合理化、共同制作施設をより多く作り、同盟のてこ入れ(ally-shoring)を模索することを挙げている。

斯様に新下院外交委員長やCSIS論考の著者が、ウクライナよりむしろ習の中国による台湾侵攻を強く意識していることは我が国にとって好ましい。先の岸田訪米でバイデンが見せた岸田の肩に腕を回す仕草は、土産に持参した防衛三文書や防衛費倍増への評価のみならず、CSIS論考が提案する解決策にある様な事柄を岸田に飲ませたことを窺わせる。が、世界最強国と軍事同盟を結ぶ今の我が国に必要なことだ。

が、だとしてもエイブラハムの納期やCSISのジョーンズ論考は、米国の防衛産業や装備品在庫の危うい現状を曝け出し過ぎてはいまいか。後者には、台湾海峡での米中戦争を想定したCSISの戦争ゲームで、米国には3週間の戦闘でJASSM(統合空対地スタンドオフミサイル)4000発、LRASM(長距離対艦ミサイル)450発、ハープーン400発、トマホーク陸攻400発が必要だが、紛争開始1週間以内にそれらの在庫を使い果たすと書いてある。また台湾への108両のエイブラハムスも何時なるか判らない。

こうした米国の危うい防衛事情が、71年前のアチソン演説に触発されて南侵した金日成の様に、習近平をして、それなら今のうちに台湾に侵攻しようか、と思わせてしまうのではないかと、筆者はつい心配してしまう。

折しも大統領や副大統領による機密文書持ち出し問題が喧しいが、その状況を元国防総省特別顧問のエール大学オナ・ハサウェイ法学教授は、「毎年5000万件以上の文書が機密扱いになっている。正確な数は分からないが、政府でさえ全てを把握し切れない」と、多過ぎる機密文書を嘆じている(20日の「Daily Signal」)。

同記事は、敵から特定の国家安全保障情報を保護することはもちろん重要で、ハイテク兵器システムの技術的な詳細や自国スパイの身元といった明白な案件は最大限に保護されなければならないとしつつも、機密化は政府のもう一つの重要な優先事項である透明性に真っ向から反するとも指摘する。目下の米国は防衛基盤が脆弱なだけでなく、その情報管理も、中国の一貫した秘密主義に比べ余りにちぐはぐではなかろうか。