なでしこジャパンの健闘を讃える

こんにちは。

いよいよあとは、3位決定戦と決勝を残すのみとなったサッカー女子ワールドカップですが、昨日の準決勝第2試合でイングランドが開催国オーストラリアを破り、決勝はスペイン対イングランドと決まりました。

なでしこジャパンとしては、準々決勝のスウェーデン戦は当然勝てていたはずのゲームだけに、決勝でイングランドと当たることができないのは残念です。

でも、数え切れないほどの成果もあげ、若い選手たちにビッグゲームの経験も積ますことができたすばらしい大会だったと思います。

そこで今日は、彼女たちの戦績をふり返るとともに、ひょっとしたら今大会でなでしこが採用したフォーメーションが、ややディフェンス重視でつまらなくなりかけているトップレベルの男子サッカーにも影響を与えるのではないかといった感想を書き綴って行きます。

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グループリーグ緒戦 対ザンビア

ザンビア戦の前半は何回か入ったはずのゴールが認められずに苦労しましたが、43分に今大会なでしこの初ゴールが決まってゆとりが出た後半は、ゴールラッシュで4点、合計5対0の快勝でした。

かなりレベルの違う相手ですから当然のような気もしますが、日本の場合男子のA代表はなかなか格下の相手に大差で勝つことができず、0対0のまま時間が進むと焦って無理攻めしてカウンターで負けたりするので、こういう相手に大差で勝っておくのは大事なことです。

やっと1点目をあげた宮沢ひなた(7、以下カッコ内の数字は全部背番号です)のまわりに駆け寄るチームメートたちの写真です。

なぜ、この日大勝できたのかを先発メンバーのフォーメーションから探っていきましょう。

一見するとごくふつうの3バックにダブルボランチ、両翼にウィングバックを配して、センターフォワードとふたりのトップ下で三角形を形成する3-4-2-1のフォーメーションに見えます。キックオフの時点ではそういう配置でも、実態はまったく違っていました

攻撃に出ているときは、右ウィングバック清水梨紗(2)と左ウィングバック遠藤純(13)が、センターフォワード田中美南(11)とほぼ同じくらいの高さに張り出す、5枚フォワードという現代サッカーでは奇策とも言えるほど攻撃的な布陣なのです。

3バックにダブルボランチ、5枚フォワードというのは、なんだか懐かしさを感じる陣形だなと思っているうちに気がついたことがあります。

私の父親は1928年(昭和3年)生まれという軍国少年からアメリカ民主主義の洗礼を受けた世代にしては珍しく、野球よりサッカーが好きという人間だったので、私も小学校中学年くらいからたまにテレビ放送があるときはサッカーを見ていました

当時全盛(というより、サッカーと言えば他にはフォーメーションがないくらい)だったのが、WMフォーメーションと呼ばれていた、フルバック3人、ハーフバック2人、フォワード5人という陣形だったのです。

現代のサッカーファンの方たちの中では、もう60代以上ぐらいにならないと、実際にこの陣形同士で戦うサッカーを見たことがあるという人はいないでしょう。

現代サッカーでは、フォワードタイプの選手はふつう3人、ノーサイドが迫ってどうしても点が取りたいときでも4人に増やす程度で、めったに5人フォワードを見ることはありません。

そこで、いったいどうして昔はこんなに攻撃的な布陣だったものが、今ではずっと守備重視に変わってきたのか、調べてみました。

驚くべきことに、世界で最初の国際試合だった1872年のイングランド対スコットランド戦では、両軍とも6~8人をフォワードにして、1~3人がセカンドボール拾いのスペシャリストゴールキーパーと協力してゴールを守るフィールドプレイヤーはたったひとりでした。

当時のサッカーは現在のハンドボールのようにものすごい点数の入る試合だったかというと正反対で、0対0とか1対0の試合が多かったそうです。最初の国際試合も0対0の引き分けでした。

なぜかというとオフサイドルールが現在よりきびしくて、攻撃側の選手は自分よりゴールラインに近い位置に敵側の選手がゴールキーパーを含めて3人以上いないと、プレーに関与できないことになっていたのです。

オフサイドトラップのかけ損ねは、たいていの場合ひとり上がるのが遅すぎて失敗するわけですが、守備側でフィールドプレイヤーがひとり残っていてもオフサイドが成立するとなると、攻める側は高いポジションからの攻撃では非常に得点が取りにくくなります

あまりフォワードが多すぎてもオフサイドにかかるばかりで役に立たないということで、徐々にフォワードを減らしていって、5人にしたのが19世紀末から1920年代半ばまでの定番だったピラミッド陣形です。

こぼれ球拾いのスペシャリストであるハーフバックと、キーパーと協力してゴール前を守るフルバックはやや増員になりましたが、それでもかなり前がかりなフォーメーションです。

なお、ピラミッドと呼ばれるのは、ゴールキーパーの位置を上にすると、たしかに下が広くて上に行くほど狭いピラミッドのかたちになっているからです。

ただ、あまりにも点の入らないゲームが多くて、ほかの球技に人気を奪われそうだという危機感から、1920年代半ばに画期的なルール改正がありました。ゴールキーパーを含めて守備側の選手が自分より前にふたり以上いればオフサイドではないということになったのです。

その結果、1ゲーム当たりのゴール数は画期的に増えました。このルール改正への対応として、守備側は失点を少なくするために3人だったハーフバック団のうちのセンターハーフバックをフルバックに加えて、フルバック3人、ハーフバック2人に変更したわけです。

今度はフォワード側を上、バックス側を下にしてみると、WとMを上下に並べた陣形になるのでWMフォーメーションと言っていたわけです。

で、今回の女子ワールドカップに話を戻しますと、もちろん昔のサッカーのように攻撃陣と守備陣がまったくの分業になるわけがありませんが、今大会のなでしこジャパンは基本的にWM型の非常に攻撃的な陣形を取りつづけたのです。

その成果は、早くも緒戦で格下相手に圧勝するというかたちで現れました。

グループリーグ第2戦 対コスタリカ

計画的にローテーションを組んで主力を休ませる意図もあって、コスタリカ戦の先発メンバーはかなり入れ替えています。

今大会で日本は、ダブルボランチの長谷川唯(14)と長野風花(10)、両ウィング「バック(じつはフォワード)」の清水梨紗(2)と遠藤純(13)と、4人それぞれのポジションでベストと呼べる人材を擁していました。

まあ順当に勝てる相手だったとは言え、2戦目でその4人のうち長野と遠藤の2人を先発からはずして、しかも遠藤は完全休養だったのですから、ほんとうに余裕綽々の戦いでした。

スコアが1対2で負けてしまった準々決勝のスウェーデン戦以外ではいちばん得点の少ない2対0の勝ちだったので、やや苦戦したのかとお考えの方もいらっしゃるでしょう。

でも、宮沢に代わってインサイドフォワードで先発した猶本光(8)の前半25分のミドルシュートといい、その直後の藤野あおば(15)のゴールライン寸前でゴールキーパーのすぐ近くまで切れこんでからの角度のないところでのボレーシュートといい、どちらも今大会のベストシュート候補だったと思います。

ミドルシュートを決めた猶本に、杉田と田中が駆け寄るシーンです。


とくに、藤野のゴールキーパーのすぐ脇を抜けてファーのサイドネットに突き刺さったシュートは、男子A代表であそこまで深く切れこんでから、クロスではなく自分で決めるという決断をできるフォワードがいるのかと思うほどめざましいシュートでした。

というわけで、あとはピンチらしいピンチもなくきちんと試合を終わらせるだけでいい、内容的には圧勝と言えるゲームでした。

今大会で池田太監督がいちばん悩んだのは、長谷川・長野コンビ以外にも猶本、杉田妃和(6)、林穂之香(16)と、他の国の女子A代表なら先発できるボランチのスペシャリストが5人もいたことでしょう。

コスタリカ戦では遠藤の代わりに杉田を左ウィングに入れてそのままフル出場させてまったく問題がなかったのですが、それがのちにスウェーデン戦での先発メンバー選びに微妙な影響を与えてしまったかもしれないと思います。

グループリーグ第3戦 対スペイン

今大会最高の戦術的勝利を記録したのが、ともに2勝で首位突破をかけて激突したグループリーグ最終戦、スペインとのゲームでした。

スペインの女子A代表は、男子とまったく同じようにピンボールマシンのように縦横自由自在にショートパスでボールを回して、相手守備陣を混乱させて得点を量産するティキタカ・サッカーでは非常に完成度の高いチームです。

そのスペインに対して、なでしこは次の先発メンバーで臨みました。

長野とともにチームの心臓となっている長谷川とインサイドフォワードとして絶好調だった藤野を先発からはずすという、これまた大胆な選手起用でした。結果は4対0という想像を超えた圧勝です。

でも、冷静に考えればフォワード5枚という日本のフォーメーションで敵のフィールドプレイヤー全員を自陣に引きずりこみ、女子としてはまぐれ当たりはあっても狙ってゴールを取れる距離ではないところでボールを回させておくのは、じつに理にかなった戦術です。

相手のセンターバックの後ろに広大なスペースが広がっていますから、どこで球を奪っても味方フォワードが先に駆け抜けることのできる角度でスルーパスを出しやすいからです。

たびたび引き合いに出しますが、男子A代表の場合、そういう必殺のスルーパスをもらっても、慌てて球が足に付かなかったり、力んでシュートをふかしてしまったりが多いのですが。

で、スペイン女子A代表としてはおそらく味わったことがないだろう0対4の屈辱的なスコアになった頃のスペイン選手の茫然自失状態の顔と、対照的に喜びに沸き返るなでしこたちです。

この試合について「ボール支配率が23~24%なのに勝てたのは、ひたすら守り抜く消極的な戦術で、相手のミスパスを待つカウンターがたまたまうまく行っただけ」という見方も出ていますが、まったく違います。

もともと日本における第1人者である風間八宏も「ゲーム時間中ずっとボールを持っていれば、オウンゴールでもしないかぎり、最低でも0対0で勝ち点1を取れる」と言っているとおり、ボールコントロールオフェンスというのは守備的な戦術なのです。

その守備的な戦術に対して、なるべく敵のディフェンスラインを押し下げるという戦術で対抗すると、自在なパス回しですり抜けられて失点することが多くなるのです。

だから、なるべく自陣近くに敵を引き寄せておけば、たんに俊足というだけではなく、何回も上下動をくり返せる持久力のあるフォワードを5人揃えているので、いつかはボールダッシュとディフェンダーのいないところへのスルーパスが出せるのです。

池田監督はその上で、もうひとつ用心深い選手起用もしています。

オフサイドを避けるためには左右両側を見ていなければならないので精神的な疲労度の高いセンターフォワードは90分をひとりで戦いきることはさせず、ほぼ同じ力を持つ田中美南と植木理子(9)とのあいだで必ず途中交代をしていたのです。

理にかなった戦術と選手起用が招いた圧勝と見るべきでしょう。

ラウンド16 対ノルウェー

この負ければあとがないゲームでは、池田監督は現状でのベストメンバーを先発させました。以下のとおりです。

前半15分に宮沢のクロスをはじきだそうとしたノルウェーディフェンスがオウンゴールをした5分後、コーナー付近からのクロスに高い打点のヘディングで今大会最初の失点を喫したのですが、チームに動揺はまったくありませんでした。

後半開始直後ノルウェーゴール前の混戦から、敵ディフェンスの緩いバックパスを右ウィング清水がかっさらって落ち着いて勝ち越しシュートを決め、終盤には宮沢のダメ押しゴールもあって、3対1でベスト8に進出しました。


選手交代が、毎試合必ずやっている田中から植木へのセンターフォワード同士だけだったことからも、チーム全体の安定性がうかがえます。準々決勝には相手チームより1日多く休養を取って臨めるので、次もまたこのメンバーが先発だろうなと思っていたのですが。

準々決勝 対スウェーデン

準々決勝の先発メンバーは、ちょっと驚きでした。

清水とともに好調だった遠藤を使わずに、本職はボランチの杉田を左ウィングで先発させたのです。

ノルウェーに1点ヘディングで取られた反省から、これまでずっと成功してきた3バック、ダブルボランチ、5枚フォワードから、キックオフ時点での陣形は同じでも、実際には3バック、トリプルボランチ、4枚フォワードに変えて守備強化を図ったのでしょうか

最近のトップレベルでのサッカーは情報の収集・分析をかなり緻密にやります。スウェーデン陣営は、杉田が遠藤ほど粘り強くタッチライン沿いをアップダウンできるはずはないと見て、前半の前半徹底的にスウェーデンから見て右、なでしこ側から見て左のコーナーめがけたロングボールや、タッチライン沿いのドリブルを仕掛けてきました。

それに加えて、センターバックの中心、熊谷紗希(4)が、敵のセンターフォワード、ブラックステニウスとの走り合いで、なんとかボールと相手とのあいだに体を入れることには成功したものの、足元のコントロールがちょっと乱れて、フリーでシュートを打たれてしまいました。

あの近距離でフリーな態勢でシュートを打ってもゴールマウスの中に入れることさえできないから大丈夫と思えれば良かったのですが、その後ずっと窮屈な動きになってしまいました。

この大会でなでしこのフィールドプレイヤーとしてフル出場したのはチームキャプテンの熊谷ひとりだけです。それだけ監督からもチームメートからも信頼が厚いのは事実です。ただ、責任感が強すぎるとその空回りが怖いところもあります。

せめてグループリーグのうちに、後半だけでもベンチから仲間のプレーぶりを見て、自分ひとりで責任を背負いこまなくても大丈夫と思える期間をつくってあげていたら、もっとのびのびやれただろうと思います。

結果としては、前半はゴール前でのこぼれ球を入れられた1点にとどめたので、それほど悪くない出来だったと思います。

しかし、後半開始直後、かなり不明朗なジャッジで長野がペナルティエリア内でハンドをしたとして、ペナルティキックと判定され、PKで1点献上したのは、あまりにも不運でした。

たしかに、ボールに手が触れた瞬間、手は体側から離れていたのですが、敵味方が交錯して見えないところからボールのほうで長野の手に当たってきたので、これは明白にハンドではないと判定すべきだったでしょう。

おまけに、藤野の打った絶妙のフリーキックがゴールポストからほぼ垂直に落ちてきて、敵のゴールキーパーの背中に当たったのに、それでもゴールラインを割れなかったという不運もありました。

同じ場面が100回くり返されたらそのうち97~98回は点になっていたはずのシーンです。今大会屈指のゴールキーパーが運まで味方に付けていたのですから、1点取るのがほんとうに大変なゲームでした。

それでも諦めないなでしこは、途中出場の清家貴子(17)の放ったシュートが弾かれたところに詰めていたこれも途中出場の林穂之香(16)のシュートでやっと1点返しました。ゴールしたボールを抱えて全力疾走でセンターラインのキックオフ・スポットまで運んだ林にも、他のチームメートにも諦めはまったくありませんでした。

10分の追加時間のうち2分が過ぎてからやっと出番が回ってきた浜野まいか(20)は、スウェーデンのプロチーム所属ですから、本来なら大活躍できたところです。

しかし、大会開始直前に肩を痛めてグループリーグ中は治療に専念し、ノルウェー戦では交代を待つうちにノーサイドになってしまったので、今大会ではたった8分間のワールドカップ出場となってしまいました。


それでも、今大会では出番の少なかった若手たちは、先発メンバーと交代メンバーの力の差がもっとも小さいのは明らかになでしこだったと言えるだけの印象は植えつけてくれました。

レギュレーションタイムで同点に追いつけば、交代メンバーの差は歴然としているのでPK戦というやっかいな状態にもつれこむ前に延長30分間の中で日本が勝っていたでしょう。

スペイン相手の準決勝は、今大会のスペインチームには重戦車のようなセンターフォワードはいないので、やはりティキタカサッカーに頼らざるを得ないスペインを難なく負かしていたでしょう。

そして、イングランドとの決勝となると、男女を問わずイングランドのA代表はふつうの戦術では相手チームのほうが有利と認めたときには、古式ゆかしくキックアンドラッシュ戦法で挑んできます。

自陣から漠然と敵陣方向にハイパントを蹴りこんで、2~3人ディフェンスを残してあとは全員で落下点めがけて殺到するのです。とうてい効率的なチャンスのつくり方とは言えませんが、イギリスのA代表は技術や戦術で勝てないと思ったら、迷わずこの戦法できます

今大会でもまた、イングランドにはヘンプのような重戦車型センターフォワードがいるので、なでしこにとっては決勝戦を戦うにはいちばん苦手な相手となりますが、それをどう克服して優勝するか、ぜひ見たかった場面です。

さらに、男子サッカーの世界でも、イタリアが得意なカテナチオという堅固な守備陣を攻めあぐねているチームや、スペイン型のティキタカサッカーに手を焼いているチームから、本気で5枚フォワードに挑戦してみるかと考えるチームも出て来るのではないでしょうか。

なでしこの前途は洋々

藤野も、浜野もまだ19歳です。このふたりに比べればベテランの風格さえ漂わせている宮沢ひなたでさえ、まだ23歳なのです。基本は23歳以下の選手で戦う男子と違って、女子ではA代表同士が争うオリンピックは来年に迫っています。

そのあとのワールドカップは2027年、どちらも楽しみです。2009年に刊行した拙著で、サッカーで世界の強豪と互角に渡り合うようになるのは、絶対に男子より女子が先だと断言していた私としては、いささか鼻が高いです。

最後に特筆すべきはなでしこ前監督高倉麻子の存在です。育成年代の代表チームでは現監督の池田太同様赫々たる戦果をあげた人ですが、A代表では奮いませんでした

ただ、大きな国際試合では日本チーム同士のゲームの半分ほども活躍できなかった田中美南や遠藤純を辛抱強く使いつづけたのは彼女の功績で、この我慢が実を結んだのがオーストラリア・ニュージーランド共催の2023年女子ワールドカップだったと思います。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年8月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。