「青」にも色々ある台湾国民党の内情

10月10日の台湾国慶節に総統府前で行われる恒例の双十節祝賀パレードは、今年も日本の高校生ブラスバンドの独壇場になった。昨年は「オレンジの悪魔」と呼ばれる京都橘高校が「オレンジ色旋風」を巻き起こしたが、今年も「エメラルドナイツ」の愛称を持つ群馬の東京農大二高の演技が集まった観衆を魅了した。

早々に「素晴らしい」とのLINEが台湾から何通か到来した。筆者はそれに、「青みがかった緑の上着と袖口の白、これは絶妙の配色です」とユニフォームの色に謎掛けして、返信した。というのも、来年1月に迫った台湾総統選を戦う主要三候補者の政党カラーは、民進党が緑、国民党が青、民衆党が白だからだ。一人は「なるほど」と返して来た。

マンセル色相環

「色相環」というものがある。他者に色を正確に伝える目的に使う、色相を環状に配置したもので、中でも良く知られている「マンセル色相環」では、赤・黄・緑・青・紫の基本5色相と、その中間色相である黄赤・黄緑・青緑・青紫・赤紫、そのまた中間色という具合に、20からなる色相で構成されている。

筆者は「マンセル色相環」の色相を詳しく知っていた訳ではないし、「エメラルド」といえば緑に決まっている。が、緑とも青ともつかないその上着の色を見てそう返信した後で、「色相環」に台湾3政党のイメージカラーを当てはめてみた。果たして、国民党の青が「10B」、民進党の緑が「5G」、そして東京農大二校の上着の色はちょうど中間の「10BGか5BG」に見えるではないか。

政党のイメージカラーといえば、投票日までまだ一年以上あるのに、すでに佳境に入りつつある米大統領選でも、しばしば党の「カラー」が二大政党の代名詞として用いられる。共和党デサンティス知事のフロリダが「赤い州」、民主党ニューサム知事のカリフォルニアが「青い州」、といった具合に。

とはいえ、昨今の共和党下院のマッカーシー議長追放劇とその後の混乱ぶりを目の当たりにし、また民主党内で次期大統領選にバイデンを推さない声が上がりつつあるのを見るにつけ、米国の「赤」と「青」の中にもはっきりと濃淡があると知れる。

そこで本論。在ワシントンの保守系NPO「Global Taiwan Institute」(GTI)が10月4日、「国民党の一か八かのギャンブル」と題する論文を掲載した。著者は国立中山大学博士論文提出資格者(PhD candidate)のエネスカン・ロルシ(Enescan Lorci)氏。台湾国民党のイメージカラー「青」をモチーフに、1月に迫った台湾総統選を分析している。以下に紹介する。

00年に民進党が初めて国民党を破り、陳水扁総統が2期8年台湾の舵をとった。が、政権末期には汚職などの噂が立ち、08年には国民党馬英九が総統の座に就いた。その2期目の14年3月に「ひまわり運動」が起きた。馬氏が進めた「三通」や「ECFA」といった対中経済政策により、大陸への存度が高まり過ぎることへの警戒感が若者を動かした。

この流れで16年の総統選では民進党蔡英文が56%の得票で国民党朱立倫を破り、総統となった。が、18年の統一地方選で民進党は大敗、国民党候補の韓國瑜がポピュリズム的な言動で人気を博したこともあり、20年の蔡氏2期目が危ぶまれた。が、結果は蔡氏が史上最高得票で圧勝。19年春からの香港デモを、北京が国安法を持ち込んで弾圧したことが追い風になった。

国民党が来年1月の総統選に擁立した新北市長侯友宜には、識者やメディアにも懐疑的な見方があり、候補者差し替えの憶測が広がった。朱立倫党主席は7月、侯氏に対する党の揺るぎない支持を確認したが、侯氏の欠点が認識されているにも関わらず、なぜ国民党は侯氏を支持し続けるのか?

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台湾では民進党が「緑」、国民党が「青」に色分けされ、両陣営にはさらに「ライト」と「ディープ」が存在する。国民党内の「ライトブルー」は、台湾と大陸の関係で現状維持を主張する。そのアプローチは現実的で、イデオロギーよりも経済協力と紛争の平和的解決を優先する。

一方、「ディープブルー」は、親中で統一支持の傾向があり、大陸との緊密な経済的、文化的、政治的関係の構築を主張する。イデオロギーは同性婚や反原発などの自由主義的政策に反対であり、伝統的で保守的な価値観を支持する。彼らの一部には大陸と家族的または歴史的に大きな繋がり持っている者がおり、それが彼らの親中姿勢に更に影響を与えている。

これを前提にロルシ氏は、侯氏の擁立には国民党の計算された戦略的賭けがあると述べる。従来の国民党候補の多くは外省人(国共内戦で国民党と共に台湾に来た家族の子孫)だった。彼らは「ディープブルー」の立場で大陸との関係拡大を主張した。が、この戦略では「ひまわり運動」以降加速する台湾アイデンティティの進化に追いつけなくなった。

侯氏は外省人二世だが、家族が長く台湾に住んでいることを通じて台湾人アイデンティティを体現し、本省人の地位を得、穏健な「ライトブルー」の立場に近いとの評価がある。党内外の批判にも関わらず、国民党は侯氏の擁立により、「ここに一人の個人がいる」という意図的なメッセージを有権者に伝えているとロルシ氏はいうのだ。

国民党候補者が「ディープブルー」のイデオロギーを支持してきた好例が、00年と04年の総統候補の連戦。中国生まれの連氏は、05年4月に国民党主席として中国を訪問し、胡錦濤共産党総書記と会談した。49年以来初の両党指導者間の会談という歴史的な瞬間を演出した。

08年から16年まで総統を務めた香港生まれの馬英九も「ディープブルー」の代表の一人だ。「ひまわり運動」を誘引した経済政策や15年11月の習近平との会談などを行った馬氏は、自らの目標は最終的に台湾を「統一」に導くことだと明言した。

他方、16 年の朱立倫候補は、両岸問題などの政策について穏健で現実的な「ライトブルー」のアプローチをとった。が、馬政権が実施した政策に対する有権者の拒絶感が、朱氏の選挙を妨げた。逆に韓国瑜は20年の総統選挙で徹底的に「ディープブルー」色を出し、親中的で統一寄りの立場を表明したが、香港からの風に吹き飛ばされた。

侯氏の立ち位置は朱氏とも韓氏とも異なる。「ライトブルー」朱氏は有力者との家族的つながりや米国での博士号取得が特徴だった。一方、侯氏は父親が豚肉を売る家庭に育ち、警察官になった苦労人だ。が、侯氏はこれまでの選挙運動で、外交面での露出不足、渡航歴の少なさ、英語でのコミュニケーション能力の欠如を露呈してしまった。

差し迫った対中問題に対処するには、米国との関係維持が最重要だ。が、侯氏の米国での存在感は薄い。蔡氏の英語は堪能だし、民進党副主席の賴清德と民衆党党首の柯文哲は共に台大医学部出の医師で、頼氏にはハーバード大への留学経験もある。訪米中の頼氏を中国が「トラブルメーカー」と評したことで、頼氏の外交的均衡を築く能力に対する懸念を生んだが。

侯氏は台湾独立にも「一国二制度」にも反対する一方で、「92年合意」を台湾の安定を強化する現実的な合意と評価する。彼は台湾を守る上で平和が最も重要だと強調する。国を紛争から遠ざけることを約束し、独立や統一の追求ではなく現状を維持するとの彼の主張は、ウクライナ紛争を背景に台湾の人々の共感を呼んでいる。

こうした侯氏の立場は台湾国民の感情とほぼ一致しているように見えるが、7月10日から12日にかけて「Association of Chinese Elite Leadership」が実施した世論調査では、侯氏が支持を集めるのに苦戦していることが明らかになった。それに拠ると、頼清徳が支持率32.4%で首位、柯文哲が25.9%で続き、侯氏の支持率は17.6%に過ぎない。

国民党は来年1月の投票に向けて侯氏擁立の根拠を説明し、彼が両岸問題に効果的に対処する可能性を有権者に説得する機会を残すが、国民党の支持者が割れる可能性もある。ロルシ氏は「ライトブルー」寄りの侯氏は国民党の狙いに適した候補者かも知れないが、国際的な知名度の欠如と若者の支持獲得の失敗により、来年の選挙で大敗する可能性があると結んでいる。

「エメラルドナイツ」のユニフォームの色相から、国民党内の派閥と来年1月の総統選まで話が及んだが、常に中国からの圧迫に晒される台湾の総統に、最も求められる能力が「外交」であることは、ロルシ氏のいう通りだ。

が、英語のコミュニケーション能力が「外交」に必須かといえば、そうとは言えない。「一個の人間力」と「何を話すか」の方がより重要だからだ。だが侯氏が「02年合意」を是としながら「独立や統一の追求ではなく現状を維持する」というのは矛盾する上、後者は頼氏の主張と同じだ。

92年合意」とは、台湾の国民党側の海峡交流基金会(海基会)辜振甫会長と中国共産党側の海峡両岸関係協会(海協会)汪道涵会長が、文化歴史と経済を梃に両岸の膠着状態を打開すべく、92年に香港で会談した際の合意だとされる。

それは、海基会が、両会は各自口頭で一つの中国の原則を主張すること(一中各表)に同意したと見なす一方、海協会は「両岸共に一つの中国の原則を堅持する」との部分に共通認識があっても、一つの中国の政治的な「一中各表」には互いの共通認識が至っていないと述べている、いわば同床異夢の合意だ。

言い換えれば「92年合意」の「一中各表」とは、北京は「一つの中国とは大陸で、台湾はその一部」と主張し、国民党は「一つの中国とは台湾で、大陸がその一部」と主張することを指し、民進党は「92年合意」の存在自体を認めていない。「現状を維持する」なら先ず「92号合意」は否定せねばなるまい。

来年の1月は世論調査の結果通り「緑」に落ち着くと思う。