幸田露伴はかつて「露伴、漱石、鷗外」と称された日本の近代文学を代表する作家の一人で、家族では娘の作家「文」が著名だが、音楽で功績のあった二人の妹「延」と「幸」や成友(1873-1954)という歴史学者の弟もいる。成友は「しげとも」と読む。ちなみに露伴は成行で読みは「しげゆき」だ。
筆者は成友を最近知った。「浜田弥兵衛事件」で参考にした『十七世紀日蘭交渉史』に登場するフランソワ・カロンの研究者としてである。カロンは平戸蘭商館長(1639-41)や蘭領台湾行政長官(44-46)、バタヴィア総督府商務総監(47-51)を務め、後に初代フランス東印度会社総督(67-73)になった人物だ。
カロンが編んで成友が翻訳した『日本大王国史』(東洋文庫)の序文で、歴史学者の岩生成一(1900-1988)は、「日本滞在二十余年、その間に日本婦人を娶って六子をもうけ、日本語も巧みであって、当代随一の日本語通」とカロンを評した。彼はウィリアム・アダムズに比肩するほど幕府の信任が厚かった。
1645年に世に出た『日本大王国史』は、オランダ以外の英独仏伊などでも出版された。岩生は「極東遥かな謎の国日本を知るための唯一の手掛かりになったようだ」と書いている。同書には、幸田成友の筆になる『フランソワ・カロンの生涯』とカロンの『日本大王国史』が収められている。
筆者は『フランソワ・カロンの生涯』の一節に成友が記した以下の一文に目を惹かれた。
友人を見てその人を知るということがある。カロンを愛し、信用し、また之と多くの交渉のあった人々の中に、バタビヤ総督ファン・デル・ライン、駐蘭英国公使ジョージ・ダウニング、仏国宰相ジャン・バブチスト・コルベールを見る。三者が有識具眼の人々であることは言うまでもないが、殊にファン・デル・ライン及びコルベールはカロンに対する罵詈悪評を耳にするも、毫も彼に対する信用を変えなかった。彼らがカロンを尊重したことだけで、カロンの価値が十分知られよう。
ファン・デル・ラインを知らなくとも、今も英国首相官邸の街に名を残すダウニングやルイ14世側近として重商主義を推進し、絶対主義に貢献したコルベールの名を知る者は少なくなかろう。成友は私貿易(いわば横領)で晩節を汚したカロンの治績を、その友人らの名を借りて読者に訴えたのである。
なぜ今この話をするかといえば、それは拙稿「トランプの副大統領がベン・カーソンであるべき理由」に書いた米大統領選と関係があるからだ。
4件の訴訟を抱えるトランプに好意的な日本メディアはほぼ皆無だ。米国の主流メディア『ニューヨークタイムズ』(NYT)や『ワシントンポスト』(WaPo)が反トランプだからだ。NYTは『朝日』、WaPoは『読売』と提携し、『毎日』も『China Daily』の広告を挟むほどなので、勢い日本の3大紙や系列TV局はトランプ下げの報道ばかりになる。
だが、16年の大統領選以降の米国の政治状況を、NYT、WaPo、CNN、MSNBCなどの反トランプメディア、Fox、Newsmax、WFBなどの保守メディア、Politico、Axios、Hillなどの中道メディアで幅広く観察していれば、日本メディアの報道が必ずしも真実を伝えていないことが判る。
保守メディアにしても、トランプを聖人君子として描く訳ではない。が、トランプ主導の共和党の主張は、ポリコレ、キャンセルカルチャー、LGBT、気候変動原理主義、不法移民野放し等々の急進左派「The squad」に引き摺られたバイデン民主党の政策が、7月4日に248周年を迎える米国建国の理念を破壊するというもの。
ベン・カーソンもそうした民主党の政策に反対する人物の一人であり、彼がトランプ政権でHUD長官職を全うし、今もトランプを支持し続けているのも、彼の理念やそれに基づく政策が、今般の討論後のインタビューで述べている通り、トランプのそれと全く軌を一にしているからに他ならない。
前掲の拙稿を読んだ知人から、ベン・カーソンの様な素晴らしい人がなぜ品位と人格に欠けるトランプを支持するのか理解できない、とのメールが到来した。米国の中道メディアや保守メディアを日々読むような日本人は少ないから、日本のメディアで知る限りのトランプ像はまさに知人のそれだろう。
そうした矢先に、幸田成友が『フランソワ・カロンの生涯』に記した先述の一節に出会ったという次第である。万人から尊敬され、おそらく歴史に名を残すほど偉大な小児脳外科医が下す評価なら、トランプを改めて調べ直してみようか、という気持ちになるや知れぬ。
話変わって、討論後に表面化したバイデン差し替え論には、実は抜き差しならぬ難題がある。キーパーソンはカリフォルニア州選出の黒人女性副大統領カマラ・ハリスだ。民主党がこのままバイデンを降ろさずに当選し、もし任期途中で任に堪えられなくなった場合、副大統領が昇任することになる。
一方、差し替えに動く場合、目下名が挙がっている有力な代替候補の一人ギャビン・ニューサムはハリスの選挙区と同じカリフォルニアの州知事であり、また名が取り沙汰されるミシェル・オバマは黒人女性である。しかし、同じ州の正副は憲法上NGだし、黒人同士・女性同士の組み合わせも国民感情が許すまい。
つまり、バイデンに代わる有力候補のニューサムとミシェルの二人は、カマラ・ハリスがいる限り、大統領にも副大統領にもなれないという訳である。ニューサムと同じ理由で、フロリダ州共和党のマルコ・ルビオ上院議員も、フロリダに住むトランプの副大統領にはなれない。
果たしてトランプは誰を副大統領候補に選ぶのだろうか。