「旧統一教会について責任がある政治家は安倍晋三でない」という記事で書いたとおり、旧統一教会を解散させても誰もが納得しただろうと思うのは、霊感商法や集団結婚式が話題になった1990年代前半だったのに、主として現在は野党にいる政治家たちの妨害で生き延びたこと、安倍晋三元首相はなにも関与していないことを書いた。

もうひとつ、多くの人が誤解しているのは、「LGBTや夫婦別姓で自民党は旧統一教会に支配されているので反対している」というデマである。
それがなぜかを解き明かしたいが、ひと言でいえば、旧統一教会が日本で資金集めをするために、勝共連合という組織をつくって日本の保守派が喜びそうな政策を支持し、また、21世紀に入っても、韓国の統一教会が南北融和派であるにもかかわらず、日本では政権与党に迎合してしがみついていただけである。
その経緯を拙著「日本の政治「解体新書」: 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱」(小学館新書)で詳しく書いているので、時系列で眺めて行きたい。
教祖の文鮮明は1920年に日本統治下にあった現在の北朝鮮で生まれ、16歳のとき一家でプロテスタントとなった。

安倍晋三元首相(首相官邸HPより)と文鮮明氏(「世界平和統一家庭連合」公式サイトより)
戦時中に早稲田高等工学校で学び、終戦後、平壌で宣教中にスパイ容疑で逮捕されたが、朝鮮戦争で国連軍に解放され、54年に世界基督教統一神霊協会(統一教会)を結成した。
軍事力でも経済力でも北朝鮮に劣勢だった韓国政府を支援するために役に立つ馬力のある教団として評価され、朴正熙大統領の下、金鍾泌KCIA長官や米国のCIAとの連携で勢力を拡大した。
日本でもフィクサーの笹川良一が窓口になり、岸信介元首相の知遇を得たり、立正佼成会の庭野日敬会長から幹部となる人材の派遣を受けたりした。70年代には、大学生を戦闘的な信者にする「原理研究会」によるスカウトが問題になった。
信者になると、教団への勧誘や新聞編集、物販(場合によっては霊感商法)、街頭募金をさせられ、家族との断絶を生じさせることも多かった。この手法は、宗教などで珍しいことではないが、意図を隠して巧妙に近づき、一度参加すると脱出しにくくする巧みさにおいて、群を抜いていたので、我々の世代は、親などから絶対に近づかないようにといわれたものだ。
そして、「国際勝共連合」を別途結成し、こちらには教団外の保守・中道(現在は国民民主党の中核になっている民社党系を含む)の政治家や知識人も多く参加したこともあって、学園紛争の時代に左翼の対抗勢力として頼りにもされた。
保守系のジャーナリズムもSNSもなかった時代で、共産主義に都合が悪いニュースは報道されにくかったということもあり、この団体が宣伝した共産主義の暗黒部分は、それなりに重宝された。
ただ、勝共連合の活動を通じてのつながりをテコに布教をすることがあり、右翼団体の幹部が親族を勧誘されたことに激怒して教団に怒鳴り込んだという逸話もある。
旧統一教会はビジネスにも熱心で、韓国では財閥化している。韓流ドラマ『冬のソナタ』の舞台となった龍平リゾート・スキー場も旧統一教会の経営らしい。報道・メディアの世界にも手を伸ばし、世界有数の通信社だったUPI通信社を買収し、共和党の政治家が朝一番に読むといわれる『ワシントン・タイムズ』を創立した。韓国や日本でも出されている『世界日報』のアメリカ版である。
アメリカでは寿司店のチェーンを経営しているほか、鮮魚卸事業では高級寿司店への魚介類の供給の8割を握っているといわれ、米国での寿司ブームの立役者でもある。
ただし、脇が甘く文鮮明はレーガン政権下のアメリカで脱税の罪で摘発され、服役したことがある。
しかし、東西冷戦が終結期に入ったことで方向転換が必要となり、91年に、それまで「共産主義の悪魔」と攻撃してきた北朝鮮へ文鮮明が訪問した。文鮮明は、それまでもレーガンやゴルバチョフに会うなどVIP詣でをしてきた(ゴルバチョフはソウルの文鮮明の自宅を訪問したし、ゴルバチョフ財団の資金のかなりを負っているともいわれる)。
それが、この年に金日成主席の招へいを受けて訪朝し、多額の献金や工場建設を約束し、「打倒北朝鮮」から北朝鮮の「高麗連邦構想」に則った南北統一支持に転じた。
公明党は細川政権、ついで新進党に参加したが、陰の主役だった小沢一郎の横暴に耐えかね離脱したりしたのち、99年に自公連立が成立した。これをみて、逆に民主党は自民党支持だった宗教団体を引きはがそうと攻勢を掛け、かなり成功を収めていた。
例えば、立正佼成会やそれと繋がりのある新日本宗教団体連合会は、自民党候補を中心に支持していたのに、07年参議院選挙での推薦候補者数は自民3人、民主31人と逆転し、22年の参議院議員選挙でも立憲民主の白眞勲、杉尾秀哉、森裕子らを支援した。保守支持の宗教団体の中心だった生長の家も、近年は「与党及びその候補者を支持しない」としている。
旧民主党系による工作は統一教会にも及び、04年に国際勝共連合と世界平和連合が共催した「救国救世全国総決起大会」には、中曽根康弘と並んで鳩山由紀夫民主党前代表(当時)など出席し、民主党議員は自民党より多い9人が出席していた。
鳩山も挨拶に立ち、両連合の会長でもあった統一教会の小山田秀生会長(当時)にエールを送り、支持取り付けに猛チャージを掛けたのである(『アエラ』2004年5月10日号「統一教会『政界の標的』鳩山由紀夫らヨイショあいさつ」)。
小泉内閣以前の小渕・森内閣の時代は、南北朝鮮いずれもと関係はそれほど悪くなかった。だが、小泉訪朝の際に拉致問題がクローズアップされ両国関係はこじれてしまう。
南北融和路線に転じていた統一教会と、安倍晋三元首相は外交政策でまったく水と油だった。また、このころ安倍が統一教会からのアプローチを袖にしていたことは多くの証言が明らかにしている。
これに対して、麻生太郎政権の09年6月には、統一協会の関連会社の社長以下7人が霊感商法で摘発される「新世事件」が起こったにもかかわらず、9月に成立した鳩山内閣の下ではさらなる捜査はなかったし、文化庁のヒアリングも行われなくなった。
民主党支持に統一教会が民主党支持に転じても不思議ではなかったのだが、同じように保守的な思想の信者が多い立正佼成会などが民主党支持に転じた結果、信者数の減少や組織の分裂に至ったのを見て躊躇し、小泉人気や安倍人気で優勢だった自民党から離れなかっただけだ。
一方、政権を失った自民党にとって、さらなる支持勢力喪失は困るというので、それまで冷たくしてきた各種団体に少し甘くなった。そのなかに、旧統一教会もあったという指摘は、ある程度、正しいだろうし、それは、安倍元首相にも当てはまるかもしれない。
安倍元首相は自身の選挙が楽だったこともあって、統一教会に限らず、父親などの支持者であっても、ややこしい経緯を引きずっている団体や個人とは距離を取っていた。だが、自民が野党に転落した09年からは、その姿勢を少し軟化せざるを得なくなっていた。
しかし、統一教会が自民党への支持を続けていたにもかかわらず、政権に復帰した安倍首相は統一教会が最も願う南北朝鮮への融和策を採ることはなかった。しかも、霊感商法を厳しく規制し集団訴訟を認める法改正までしたことから、新たな被害を劇的に減った。安倍元首相が政権にあったときにつながりを批判されていたのは、神道系の団体であって旧統一教会は祖父・父との関係でおまけで言及されるだけだったのに、暗殺後、急に深い関係だといわれだしたのは理不尽だ。

世界平和統一家庭連合 土浦家庭教会HPより
第二次安倍内閣の下村博文文科相のもとで、「世界基督教統一神霊教会」から「世界平和統一家庭連合」に名称変更が認められたことについて、不祥事で更迭された前川喜平元文部事務次官は、「政治的な力が働いていたとしか考えられない」という。
前川は97年に文化庁宗務課長として、統一教会から法人名を改称したいという相談を受けたが、名称変更による疑惑隠しとみられることを嫌い、とりあえず申請を提出しないようにと指導しただけで、文化庁で変更申請があったのに拒否していたのではない。
また、この改称は韓国でも行っているので、日本での悪い印象を隠すことだけが動機とは言い切れないし、届け出事項なので、拒否して裁判に訴えられると厄介とみられており、教団から申請が出た以上は、事務方が上げてきたものを止めなかったから特別の判断を下村文科相が出したとはしたとは言い難い。せいぜい、下村文科相ならあえて止めないだろうと見たかどうかという程度だ。
そもそも、前川氏は中曽根弘文元文科相夫人の兄であることを忘れてはいけない。弘文氏の父である中曽根康弘元首相は、統一教会の支持を受けていた。2004年の「救国救世全国総決起大会」を開催したときには基調講演までしたほどである。
また、弘文氏の息子(康弘氏の孫)で、前川氏にとっては甥にあたる康隆氏が、21年の総選挙で旧統一教会の直接的支援を受けている。この中曽根家あげての半世紀にわたる旧統一教会との密接なつながりに対して、どうして諫言してこなかったのか不思議だ。
中曽根派の重鎮与謝野馨の文部大臣秘書官や文化庁の担当課長までしているのだから、専門家として危険だと中曽根家にいえる立場だった。そもそも、彼が統一教会のことをそれほど問題だと思っていたのだろうか。自民党政権に面従腹背だったといって過去の言動を説明しているが、野党陣営に与することになったのでそういっているだけだろうという同省関係者もいる。
安倍元首相が親しかったトランプ大統領についていえば、旧統一教会とつながりが深いのはトランプにとって共和党内の政敵であるブッシュ一家だ。旧統一教会が安倍・トランプ会談の仲立ちをしたのではと〝推測〟する人もいるが、日本大使館もトランプ陣営とのパイプは早くからつくっており、そのような仲介を必要とする理由はない。旧統一教会側の信者向けの情報操作に乗せられた人たちのフェイクニュースである。
また、自民党と旧統一教会の関りは、宗教学者の島田裕巳氏がいうように、「自民党の主張と統一教会の主張が重なって見えるのは、統一教会が影響を与えたからではなく、統一教会の側が自民党に擦り寄るために、そうした主張を取り入れた結果」だ。
伝統的な家族観を大事にすべきだとかLGBTは好ましくないという思想は世界の保守勢力に共通したもので、とくに統一教会独自のものでないし、夫婦別姓反対については、韓国が夫婦別姓なのだから統一教会が本来、好む主張でない。
自主憲法制定は、南北朝鮮がそろって反対しているから、現在の統一教会にとって好ましいことでない。保守層の信者に媚びて資金を得るために、彼らの喜ぶ政策や人気のある安倍元首相などに近いように見せることのメリットが、南北朝鮮の利益に沿った政策支持を掲げるメリットより多いと考えただけだし、政治の世界では、そんなことはよくあることだ。