『高齢化の社会設計』の「縁、運、根」

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(前回:『コミュニティの社会理論』の「縁、運、根」

高齢化への関心

今回は『コミュニティの社会理論』(1982)の続きともいえる内容に、新たに高齢化への関心とその対応、包括的な社会変動論、そしてその歴史的素材としての日本の高度成長期の分析を取り込んだ『高齢化の社会設計』について、「縁と運」を軸にまとめておこう。

 

本書「はしがき」の日付は、まだ久留米大学に勤務していた1984年6月26日であった。すなわち、すべての原稿は久留米大学時代に書き上げて、『コミュニティの社会理論』を刊行したアカデミア出版会に送り、夏の期間に印刷されて、10月20日の奥付で刊行されたのである。10月1日付の北大採用だったため、本書は就任後の第1作になる。

主な内容

前回紹介したコミュニティ関連とのつながりでは、「Ⅲ 都市型社会の構造と人間像」、「Ⅴ 高齢化とコミュニティ関係の創造」、「Ⅵ コミュニティシステムと生活の質研究」の3章があり、全体の半分を占める。その一方で新しい分野として、初めて「社会変動論」に取り組んだ成果を「Ⅰ 社会変動論の今日的状況」として巻頭においた。

社会変動論の依頼

元来この章は、四国在住の社会学者の方々の企画による『現代社会学の視点』(法律文化社、1983)に寄稿した論文を大幅に加筆したものである。1982年に代表編者の愛媛大学横飛信昭教授からこの企画が伝えられて、そのなかで「社会変動」の章を受け持ってほしいと依頼された。

それまでは、コミュニティ関連で都市化と産業化、そして新しく高齢化という「社会変動」への関心をもってはいたが、テキスト用に「社会変動」総論を書き上げる知識はなかったので、いったんはお断りした。そうしたら、今回の四国在住の社会学者グループではその部分が誰も担当できないから、執筆条件を示してほしいとの返事が届いた。

「社会体制の変革」ではなく「社会システムの社会変動」に限定

その時代、戦後日本の社会科学を席巻した「マルクス主義」が社会学界でもまだ健在であり、そのパラダイムでは「社会システム」というより「社会体制」を好み、「社会変動」ではなく「社会革命」を使い続けていた。

テキスト用としてこの立場まで配慮すると、分量は2倍に増えるし、準備にもかなり時間がかかる。だから、マルクス主義の「社会変革論」を省略して、新しい「社会システム」論をベースにした「社会変動」に限定してもいいのならばお引き受けすると回答したら、結果的にはその通りになった。

横飛教授はまことに寛容であったが、この縁がなければ社会システム、構造機能主義、システム変動、イノベーション、社会発展と社会成長、そして高田保馬の社会学的史観などへの関心は芽生えなかったはずである。さらに、当時すでに話題になっていたベルの『脱工業社会』論や村上の『産業社会の病理』にまで手を伸ばすこともなかった。

その意味で、テキスト用の「社会変動」への取り組みは、10年後に長谷川公一との共著で誕生する『マクロ社会学』の出発点ともなった。これもまた運であり縁である。

社会システム論での「社会変動」の一般化

以上のような問題意識で書いた『現代社会学の視点』の「社会変動」を改訂して、本書ではもっと一般化してみた。

  1. 産業化や人口増減に伴う資源配分構造の変化
  2. 社会システムの機能要件の不充足
  3. 社会システム成員の欲求充足水準の実質的低下
  4. 成員間における相対的剥奪感による社会的不満の高まり
  5. 社会的緊張の増大
  6. 逸脱的行動の普遍化と増加
  7. 社会システムの変容を求める集合行動の発生
  8. 資源配分基準の変化と便益システムの変動
  9. 規範と価値の両システムの変動と変更された資源配分基準の正当化
  10. 新しい社会システム構造の成立と安定

というようなまとめを行ったのである(金子、1984:33-34)。この期間、社会システム論の理解が深まったように思われる。

価値論への関心

さらに価値システムの問題にも関心を拡げて、ベルの『脱工業社会の到来』や『資本主義の文化的矛盾』なども参考にして、「充足」の点から「社会システムの価値」を整理した。

下位社会システムを社会構造、政治、文化に分けると、その中心価値は表1のように異なる。それは、社会システム成員の行為様式に影響する社会構造面の「能率・効率」価値も、政治面の「平等・参加」の価値も、文化面における「私的自由主義」とともに個人の側から見ると「自己実現」の達成を求め、その結果として「充足」感が得られるというモデル図である。

そして、成員の「充足」が維持されれば、社会システムは変動しない。すなわち、「社会変動」の裏側にある「社会秩序」への視点も得られた。

表1 社会システムの価値
(出典)金子、1984:42.

日本の高度成長期が素材

このような一般化をしたので、次は歴史的素材を通してこの「社会システムの価値」の変遷を実証したくなった。それが本書「Ⅱ 高度成長と社会変動」につながった。

日本の高度成長期は団塊世代の私たちの青春時代でもあり、数多くの体験や思い出がある以上に、それまでの太平洋戦争前から継承してきた「戦前・戦後社会」を払拭した、「もはや戦後ではない」時代でもあった。全国的に産業化・都市化が進み、人口増加を基調としながらも、地方と中央の人口構造が激変し始めていた。

歴史的素材による実証

社会学では社会的実験ができないので、マクロ的な実証には歴史的素材を使うしかないが、その事例としての高度成長期は、同時代を生きた団塊世代にとってはいわば内部的観察者でもあり、取り組みやすかった。

人口移動、耐久消費財の浸透、成長要因の解明、産業構造の変化、食料自給率の推移、高等教育進学率の上昇、離村向都、都市化の進行、生活水準の変化、都市的生活様式の様相など当時収集できるデータを博捜して、具体的に論じることに努めた。この試みは2009年の『社会分析』で再度復活する。

都市的生活様式の全国的浸透

とりわけ1970年代の後半までに、日本社会全体で「都市的生活様式」が浸透していたことが重要である。

それは、

  1. 社会的分業の普遍化を前提とした個人の欲求充足用の生活様式
  2. 専門処理機関への依存性の強化

を実質的内容とした(倉沢、1977)。

いわば村落的な「自給自足」的生活様式が壊れて、上水道からの水の供給やし尿処理でもごみ処理でも専門処理機関に任せる時代が到来したのである。それはまた、新しい職業としてのサービス産業を招来して、第一次産業従事者からの参入が進み始めるきっかけにもなった。

ベルの「先進産業社会の経済力は、高度のテクノロジー、資本の動員能力、および管理能力の大きさによる」(ベル、1976=1976:68)は管理社会化を重視していたが、時代はこの方向に進み、国民意識でも「充足志向」が強くなっていた。

社会意識の類型

たまたまこの少し前に作田啓一が『価値の社会学』(1972)を刊行していたので、私もそれをしっかり学んで、有名な図1を引用していた。これはパーソンズの価値パターン変数のうち「業績本位-属性本位」と「普遍主義-個別主義」を組み合わせて、4通りの価値類型を作成して、それぞれに命名したものである。

通常では、

業績価値・・・・・・職業生活への適応
貢献価値・・・・・・家族、企業、国家などにおける目標達成
和合価値・・・・・・コミュニティでの結合
充足価値・・・・・・私生活の最優先

という対応を示す。

図1 価値の類型
(出典) 作田、1972:89.

価値変動

そして1980年代では、すでに企業レベルでの「業績」と私生活における「充足」に大きく傾きかけていた(表2)。中心となるのは、「個人」であり、「私」であり、「現在」という価値である。これらは40年後の今日でも基本的には同じ状態にあると考えられる。

表2 社会意識の変質
筆者作成

少子化する高齢社会の価値

実際のところ、1970年に高齢化率が7.00%を超えた日本では、その2年後に終焉した「高度成長期」以降の高齢化率が30%に迫る今日まで、社会システムの主要価値は「個人」「個人的関心」「現在」「享受」に収斂してきた。

少子化も含めた「少子化する高齢社会」に適応する社会システムを、いつまでにどのように創造するかというような「社会的関心」は芽生えてこなかった。「将来」を見据えないから、そのために何を優先して、何を我慢するかという処方箋につながる議論も無きに等しかった。その結果が21世紀の「縮減社会」(shrinking society)の誕生につながった。

『高齢化の社会設計』は私なりの高齢社会処方箋

ただ本書の題名とした「高齢化の社会設計」はSocial Design for Aging Societyのイメージであったから、可能な限りそれにふさわしい内容になるように努力した。その道具箱が「社会指標」や「生活の質」(QOL)研究であり、これらの成果を本書で初めて応用した。

その後も40年近くこの研究テーマにはこだわってきたが、「どうしたらいいか」という問題意識に照らして現状の把握を「社会指標」で行ない、そこから目標達成のための優先項目を具体化するためであった。

『現代社会学』での「社会指標」の特集

当時、国連やOECDなどの国際機関もこの開発に熱心であったことで、日本の社会学界でも数名の若手研究者が取り上げ始めていた。そして、学会誌『社会学評論』に不満を持たれていた数名の先生方が、1974年に新しく創刊されたのが現代社会学会議編『現代社会学』であり、年2回の刊行が始まっていた。

時代の要請でもあろうが、1978年にこの雑誌は「社会指標」を特集したのである。その特集号の責任者である富永健一(東大助教授)は、「現在望みうるかぎり最も高い水準において、それが実現されるはこびになった」と書いた。

しかも社会指標という主題の魅力が、「社会学における『思想』(デンケンすること)と『道具箱』(調査したり計算したりすること)との結合、また『理論』(観念の成果)と『実践』(社会生活の改善のための努力)との結合の実現に向いている事実のうちにある」とものべている。

目次と執筆者

目次と執筆者は次の通りである。

  1. 「社会指標構築の現状と課題」(東大院 三重野卓)
  2. 「福祉指標と福祉問題」(千葉大助手 安藤文四郎)
  3. 「社会指標論の基礎視角」(松山商大助教授 山口弘光 久留米大学講師 金子勇)
  4. 「社会指標論の方法論的基礎」(政治学者 小室直樹)

三重野氏と安藤氏は東大富永門下であり、小室氏もここでは富永の関係者であり、山口氏と私のみが九大鈴木門下であった。

内容は省略するが、小室氏を除けば、全員が団塊世代で当時30歳前後であった。この特集以来、三重野氏とは縁ができて学問的交流が始まり、福祉社会学や高齢化の研究などで今日まで長い付き合いをさせてもらっている。

この時の経験を活かして、本書「Ⅵ コミュニティシステムと生活の質」をまとめたという思い出がある。

社会システム論との接合

大きな問題意識としては、個別領域の量的・質的な社会指標による社会状態の測定に止まらず、社会システムの活動領域に結びつけて、その制度を通しての資源分配結果を示そうとした。

表3はそのモデルとなるランドの論文からの引用であるが、表における活動タイプが「Ⅰ.再生産」、「Ⅱ.維持」、「Ⅲ.秩序と安全」、「Ⅳ.学習・科学・芸術」がパーソンズのAGIL図式を基にしていたので、この方向でさらに専門的にはたとえば家族や雇用それに消費の問題などをテーマにするパラダイムを想定していた。この研究は『社会資本主義』(2023)まで継続することになる。

表3 システム論的生活の質指標
(出典)金子、1984:228

高齢化の捉え方

さて、高齢化についてはそれまでの主流であった「老人問題」史観を避けて、社会システム論の役割論の観点から、「高齢者は役割縮小過程にある存在」(金子、1984:142)と定義した。

社会福祉関連の文献だけではなく、社会学でも「老人問題」として高齢化を捉える人々が多かった時代であり、家族、地域、職場、参加集団などでの役割が徐々に剥奪されるのが高齢期の特徴だと明記したのも、「老人」が「問題」とは何事かという気持ちが強かったからである。

この根拠は図2の高齢者図式から得られる。社会システム論では個人を役割の束(role-sets)として理解するので、その役割が一方では血縁の家族、住縁(もしくは地縁)になると地域、職縁を通して職場に個人を結びつける。

図2 高齢者生活の分析図式
(出典)金子、1984:141

ただし加齢によって、健康面でも経済面でもそして生きがいを支える役割の剥奪が始まり、それらの維持にも影響が生じるようになる。それを支えるサービスが公助と自助と互助であるという図式であった。この三助に共助と商助が加わるのは14年先の『地域福祉社会学』(1998)からであった。

役割縮小と回復

このような役割縮小としての高齢者の位置づけにより、日本の高齢社会元年前後の生活、福祉、地域福祉などを論じた。

なかでも家族役割は子どもの他出や配偶者の死亡により無くなるし、職場での役割は定年退職によって強制的に奪われてしまう。したがって人間の社会的関わりは地域社会とそれまでの友人・知人との関係しか残らない。その関係の維持と回復こそが地域福祉につながると結論した。これは前著『コミュニティの社会理論』の応用でもあった。

そこで人間の活動を、かりに家族関連、居住関係、学習、奉仕、遊興、労働などに分ければ、地域社会での役割回復には、居住関係、社会教育と生涯学習、ボランティアなどの社会奉仕が効果的であるとして図3を用意した。

現在の水準で考えれば、家族・親族の世話や短期・短時間の労働でもかまわないし、ゲートボールなどのスポーツやカラオケなどの趣味の会の活動もまた、役割回復の機会を与えてくれるから、図3のすべて活動領域が役割回復の機会につながるといってよい。

図3 役割回復のための活動領域
(出典)金子、1984:187.

 

富永健一『社会構造と社会変動』で紹介

発表当時の社会福祉業界や家族社会学関連では「老人問題史観」の全盛期であったから、図3に基づく「役割縮小からの回復」こそが高齢社会対応の基本だという主張は黙殺されただけであった。

ところが、3年後に富永健一『社会構造と社会変動』(1987)で、「高齢化を家族役割および組織役割(職業役割)における役割縮小としてとらえる考え方」(富永、1987:315)として本書の特徴を紹介いただいた。しかも「役割縮小」に代わって、「地域社会役割といったものが創造されれば、それは高齢者の心の支えになり得る」(同上:318)というまとめが添えられていた。

『近代化の理論』でも言及

さらにこの改訂版ともいえる1996年に刊行された『近代化の理論』でも、「高齢者問題にとって、高齢者と地域社会との結びつきということが、不可欠のテーマになる」(富永、1996:486)や「社会システムのなかで自分の占める場所がなくなる・・・・・・ことに、高齢者の最大の悲劇があるのです。地域社会役割という発想は、この問題への解決として考え出されたものです」(同上:490)と評価していただいた。これらによって、「老人問題史観」はかなり払拭されたように感じた。

『社会学原理』への「書評論文」が縁

かねてより私淑していた富永教授にこのように取り上げられたことで研究の方向性は正しかったと実感できて、その後の研究への意欲がかきたてられ、10年後の博士論文『都市高齢社会と地域福祉』(1993)の刊行に結びつく。

この時までお会いしたことはなかったが、先生のいくつかの著書を学び、その代表作である『社会学原理』(岩波書店、1986)について、『現代社会学』(1987)に8頁の「書評論文」を発表したという縁はあった。その「書評論文」は、富永「理論社会学」を活かしながら、自分のテーマである高齢化という「社会変動」への応用を目指そうとする内容であった。

謹呈した『高齢化の社会設計』を通したこのような運と縁により、富永先生とはその後さまざまな大きな縁が生まれた。それは2003年の『高田保馬リカバリー』と高田古典三部作の復刻につながってくる。まことに縁とは不思議なものである。

【参照文献】

 

  • Bell,D.,1973,The coming of Post Industrial Society,Basic Books.(=1975 内田忠夫他訳『脱工業社会の到来』上下 ダイヤモンド社).
  • Bell.D.,1976,The Cultural Contradictions of Capitalism,Basic Books(=1976-1977 林雄二郎訳 『資本主義の文化的矛盾』上中下 講談社).
  • 現代社会学会議編,1978,『現代社会学 特集社会指標論』Vol.5 No.2 講談社.
  • 金子勇,1983,「社会変動」横飛信昭編『現代社会学の視点』法律文化社:184-206.
  • 金子勇,1984,『高齢化の社会設計』アカデミア出版会.
  • 金子勇,1987,「社会変動の『原理』と『理論』」現代社会学編集委員会編『現代社会学』Vol.13 No.1:120-127.
  • 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
  • 倉沢進,1977,「都市的生活様式論序説」磯村英一編『現代都市の社会学』鹿島出版会:19-20.
  • 村上泰亮,1975、『産業社会の病理』中央公論社.
  • 作田啓一,1972,『価値の社会学』岩波書店.
  • 富永健一,1986,『社会学原理』岩波書店.
  • 富永健一,1987,『社会構造と社会変動』放送大学教育振興会.
  • 富永健一,1996,『近代化の理論』講談社.
  • 横飛信昭編,1983,『現代社会学の視点』法律文化社.

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