今の中国にはとても痛い米国の委員会報告書を読む

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12月11日の拙稿で筆者は、高市答弁に「中国の過剰反応する要因の一つに、米国が12月4日に公表した25年版『国家安全保障戦略』があると見ている」として、同戦略の概要を書いた。本稿では、これも米国の「中国に関する連邦議会・行政府委員会」(CECC)が10日に公表した25年度報告書に記している「約束を守らない中国」の実態について述べる。

CECCは2000年10月10日に成立した米連邦法「Normal Trade Relations for the People’s Republic of China」の規定に基づいて設立された、米議会上下両院の共和・民主議員各々5名の計10名で構成される超党派の委員会で、その職務は次の10項目である。

  1. 人権、とりわけ「市民的及び政治的権利に関する国際規約」「世界人権宣言」における人権遵守について中国政府の行為を監視する。
  2. 上記1に規定される諸権利を求めたために中国政府により投獄、拘禁、自宅軟禁、拷問やその他の方法で迫害されている人物のリストを作成・維持する。
  3. 中国において「法の支配」が整備されているかを監視する。
  4. 米中間の人と意見の交換を増やして、上記1に記載される人権強化の増進と中国における法の支配整備などの協力の拡大を目的とした、米国政府と民間のプログラムと活動を監視・奨励する。
  5. 上記1~4に記載された職務の遂行に当たり、当委員会は必要に応じ非政府組織からの報告・更新の受理とその報告評価を含む、非政府組織との連絡を探求・維持する。
  6. 上記1~4に記載された職務の遂行に当たり、当委員会は国務省のチベット問題特別調整官と協力する。
  7. 12カ月毎に上記1~3記載の職務の実施結果を年次報告書に纏め、大統領と議会に提出する。
  8. 上記報告書には、①上記1の人権状況監視により判明した情報、②中国とダライ・ラマ又はその代表者との間の交渉状況、並びにチベットの歴史、宗教、文化および言語上のアイデンティティーと人権擁護を守る為に講じられた措置の説明が含まれる。
  9. 上記報告書の提出後30日以内に下院外交委員会は公聴会を開いて、勧告を含む報告書の内容につき当委員会メンバーを含む関係者のヒアリングを行い、報告書提出後45日以内に報告書の勧告を促進する法案が下院国際関係委員会により審議される場合は、報告書の提出後60日以内に下院国際関係委員会により本会議に報告されなければならない。
  10. 当委員会は、上記1~3の職務実施に際し、必要に応じて上記報告書に記載された報告を補足する報告を大統領と議会に提出することができる。

25年度報告書の概要(Over view)

報告書は44頁の大部なので、以下では概要の前文、中国が批准した後に違反した外国との条約、そして中国共産党(CCP)が中国国民に対して行った人権侵害に関する約束の破棄事例などを紹介する。

前文には先ず、中国は条約・協定・国際合意を締結していながら、実際には義務を履行しない、貿易約束の尊重、香港の自治権の尊重、中国市民の基本的人権保護といった公約は繰り返されるが、その度に破られるなどとあり、冒頭からずいぶん激しいなあ、と思ったら、共和党委員の中に対中強硬派の現国務長官マルコ・ルビオ上院議員の名がある。

そしてCECC設立当時、米国が関与して市場を開放しルールを順守すれば、中国もやがて国際社会が数10年間平和を維持し繁栄を育んできたルールに従うだろうと考えられたが、そうはならなかった、北京が国際社会への公約を曖昧さに包み込む手法、例えば「法の支配」への忠誠を掲げる手法を見落としていたからだと続く。この辺りは鄧小平の韜光養晦をかなぐり捨てた習近平の10数年への常套的表現である。

更に中国が「法の支配」という時、それは実際には「法」がCCPによる支配の道具となり、国内での優位性を維持し、海外での野望を推進するために利用される、中国が約束を果たさないという持続的なパターンは、特定の貿易や人権問題を超え、中国が国際基準を順守するとの信頼を損なっているとする。

即ち、米国その他外国企業が中国に多額の投資を行う一方、知的財産保護、補助金、労働慣行に関する継続的な問題は、中国がWTOなどの国際機関から恩恵を受け続けているにも関わらず、中国の国際的約束とその実施との間には隔たりがあるとし、こうした矛盾は、企業、政府、そして最も深刻に中国の市民が感じる「約束疲れ“promise fatigue”」という深く広範な倦怠感を生み出していると記す。

続けて前文は、契約は企業に約束の履行を義務付けるのと同様に、条約は国家を拘束するが、それにも関わらず、中国は国際協定に署名しながらその義務を繰り返し無視し、国際社会と自国民双方の信頼を裏切ってきたと述べて、その具体的事例に言及している。

事例は8件が挙げられている。ここでは現下の日中の状況に関係の深い3件を紹介し、他の5年は項目のみ掲げる。()は筆者のコメント

〇ウィーン領事関係条約—批准/約束(ratified/promise):1979年

領事関係条約第55条(1)は、領事官に対し「受入国の法令を尊重する」ことを要求し、更に「当該国の内政に干渉しない」義務を課している。駐米中国領事官5名は、この義務を日常的に軽視した。24年9月のワシントン・ポスト紙によれば、23年11月にサンフランシスコで開催されたAPECへの習近平国家主席の参加に反対して平和的な抗議活動を行っていたデモ参加者に対し、彼ら5名は暴力的な反抗議活動を行った。

また中国領事館は、所謂「サービスステーション」(非公式の海外警察前哨基地)の運営や大学キャンパスにおける中国学生学者協会との積極的な関わりにも関連している(今般の薛剣駐大阪総領事の件も明らかにこれに違反していよう。米国は20年に「米国の知的財産権と米国民の個人情報を守るため」として、7月24日までにテキサス州ヒューストンの中国総領事館を閉鎖するよう中国政府に命じた)。

〇中英共同声明―批准/約束:1984年

この二国間条約に基づき、中国は香港特別行政区に対し「高度な自治」を保証し、「行政、立法及び独立した司法権」が「基本的に変更されない」こと並びに「個人の権利・自由、言論・報道・集会の自由を含む」権利の維持を約束し、これらは香港のミニ憲法である基本法に明文化されることとなった。

ところが中国は20年、香港に国家安全法を押し付け、あらゆる形態の政治的異議を弾圧し、非公式予備選挙を組織したとして民主派活動家45名を国家転覆罪で有罪とした。英国は21年以降、中国が中英共同声明に基づく義務を「継続的に不履行の状態」にあると見做している(この影響で蔡英文が台湾総統選で圧勝し、以降の香港立法議会選挙の投票率が30%台前半と低調であることは記憶に新しい)。 

〇国連海洋法条約(UNCLOS)—批准/約束:1996年

30年近くこれの締約国であるのに、中国は強引に南シナ海域大部分の法外な九段線を排他的海洋権益圏と主張し、自ら批准したUNCLOSの数多くの規定に違反している。第56条及び第57条は、基線から200海里を排他的経済水域(EEZ)と定めるが、中国は「人工島」を造成することでこれを回避しようとし、フィリピンやベトナムなどのEEZに侵入している他、フィリピンEEZ内のスカボロー礁を占拠している。

2016年のUNCLOS仲裁裁定は、中国の九段線主張に法的根拠がないことを強調し、中国がフィリピンのEEZ権を侵害したと認定した。それにも関わらず中国は判決を無視し、フィリピンが国連海洋法条約の判決に沿って「西フィリピン海」と呼称するフィリピンEEZ内で、フィリピン船舶に対する積極的な挑発を続けている(UNCLOS裁定を中国が「紙屑」と称したこと、およびオバマが「人工島」建設を拱手傍観したことは周知の事実である)。

以下は項目とエッセンスのみ。

〇強制労働条約—批准/約束:2022年・・主として新疆ウイグル地区の「新疆生産建設兵団」によるものに言及。

〇経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(ICESCR)―批准/約束:2001年・・中国政府がチベットやウイグル地域の児童を植民地的な寄宿学校に収容し、習近平の指示に基づき「中華民族・中華文化・中国共産党」を強化すべく中国語使用に関する厳格な規則を施行し、これらの権利を否定しているとする。

〇拷問等禁止条約(CAT)―批准/約束:1988年・・ウイグル人やチベット仏教徒などの少数民族の被害および法輪功実践者やウイグル人に対する臓器摘出に言及。

〇難民の地位に関する条約(難民条約)—批准/約束:1982年・・主として北朝鮮からの難民(多くは人身取引被害者)に言及。

〇あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約(ICERD)—批准/約束:1981年・・中国共産党は条約を無効化するどころか、チベット人、モンゴル人、ウイグル人ら文化を体系的に抹消しようとし、漢民族の民族的優越主義を推進してきたとする。

CECCの年次報告書は、通常各年の秋頃に大統領及び議会へ提出される。この25年度版報告書もトランプ大統領に提出されている。今回の「高市答弁」に関し、トランプ氏が沈黙していることを以って、高市総理への発言撤回を迫る論も国内の一部にある。が、本報告書の通り米国議会が超党派で「約束を守らない中国」を難じている事実がある。

異様な大阪総領事の投稿や外交部アジア司長の振る舞い、外交部の誤ったサンフランシスコ平和条約への言及や今般のレーダー照射事件での虚偽発表など、所管部門や部下の失態で首筋の寒くなった王毅外相が欧州諸国に中国支持を懇願したところで、この報告書が述べる実態は西側諸国が固より等しく共有しているものである。高市総理にあっては、今後も自由と民主主義を標榜する諸国と連帯しつつ、中国への冷静かつ丁寧な対応を続けるよう期待する。