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(前回:「少子化と縮減社会」の再設計の問題⑤:人口動態統計(概数、2025年)から)
縮減(シュリンク)への着眼
3月13日に刊行した『少子化と縮減社会』では、40年間続けられてきた「ワークライフバランス」政策では「少子化対策」の成功の見込みはなく、もはや今後の「人口反転」は不可能であるとの判断を行い、発想を逆転させて、むしろそれらを前提とした「縮減社会」(shrinking society)への軟着陸の方法を試みようと主張した。
その後5月末には小峰『地域と人口減少の経済学』が出されて、類似の「スマートシュリンクという選択肢」をキーワードにした「常識破りの解」が強調された。
この本への私の評価とコメントは6月14日の本連載④で行い、とくに頻用された「ウェルビーイング」の使い方の問題点を社会学の側から指摘しておいた。

「単身者=未婚者=非正規雇用」への支援
ちなみに拙著における「縮減社会」とは、継続的な総人口の減少、年少人口減少、高齢人口の増大、過疎地域の拡大、経済成長の鈍化、税収の減少による財政制約、全方位的社会保障制度の解体などが同時進行する社会を意味している。
年少人口数の激減に沿うかたちで団塊世代全体が後期高齢者になった日本では、2050年に向けて高齢化率が40%に近づく。しかしとりわけ少子化が「縮減社会」の原因でもあり、同時に結果でもあるという状態としてこの概念は位置づけられることになった。
「異次元の少子化対策」への応用を心がけた
2050年の「縮減社会」への軟着陸のために、戦略的に「単身者=未婚者」の増加に注目して、この層への速やかな「ライフファミリーバランス」支援を開始する。同時に、全体に占める生産年齢人口層(20~70歳)の55%で、8%程度になる年少人口(若者・子ども)と40%近い高齢者を支える方法を社会全体で工夫したい。
この世代構成を前提条件とした資源投入をどう工夫すればいいのか。拙著と前著(『社会資本主義』2023)ではこのような「遠視的な視点」を軸とした対応を合せて強調して、「異次元の少子化対策」への応用を目ざした。
二つの「逃走」が原因となった「粉末社会」を避ける
『社会資本主義』のなかで使用した「粉末社会」概念は、「結婚からの逃走」と「家族からの逃走」が増えたことで顕在化した単身者本位のライフスタイルが強くなった『縮減社会』に適用することで、人口減少が厳しい社会システムでもその社会の質と持続可能性を維持できるようなグランドデザインとは何かという問題意識に昇格させることができた。
サスキンドの成長論
その後の研究で、サスキンドの『GROWTH 「脱」でも「親」でもない新成長論』に出会った。
サスキンドはこれまでの経済成長で人類の繁栄を示す多くの尺度に改善がみられたことを重視して、「経済成長が立ち消えたならば、それが意味するのは悲惨以外の何物でもない」(サスキンド、2024=2025:203)という立場から、これからの成長論には非競合的で蓄積が可能な「アイディア」を最も重視したパラダイムを展開した。
それはまさしく「アイディアがすべてではないが、長期的にはほぼそれがすべてだ」(同上:207)に象徴されている。
アイディアの発見とイノベーション
全編を通して「経済成長のプロセスは、新しいアイディアの発見と、アイディアという特異な資産を経済的に使い倒すことによって促進される」(同上:313)からは、このアイディアはシュムペーターから始まるイノベーションに近似的であることが理解できる。
ただしそのイノベーションは、「知識ではなく、試みられたことのない方法を実践に移すという独自の課題を成功させること」(シュンペーター、1928=2001:125)であり、「それは知識ではなく、意志のなせる技である」(同上:126)と念をおされている点で、単なる「新しいアイディア」なのではない。
サスキンドもまた新しいアイディアの先に「方向づけられた技術変化」(同上:246)や「技術進歩」(同上:246)を位置づけていることにより、文脈からすれば「方向づけられたイノベーション」(oriented innovation)もまた「実践」を含むと解釈されるから、同じ定義とみなせるであろう。
ただ注意しておきたいことは、たとえ特定技術が伝播可能で同じものであっても、それぞれの国の社会システムを方向づけるのは、時代、国情、文化水準、経済状況、発展段階、リーダーシップなどであるから、実際には社会システムによってイノベーションの応用の程度が異なることはもちろんである。
未来を「どれくらい」大事にすべきか
「縮減社会」論の原点にあった私の問いかけもまた、未来を「どれくらい」大事にすべきなのかであった。サスキンドはこれを分かりやすく、
- 未来における経済成長以外の目的を守るために、今日を生きる人々に貧しくなることをもとめるか(未来>現在)
- 今日を生きる人々が繁栄を維持できるようにするために、未来の人々に別の目的を満たせないことを求めるのか(未来<現在)
に分けている(同上:297)。
長期主義の三部構成
ここでも、時代によりそして国情に応じて、国民の間には「未来>現在」派と「未来<現在」派が共存する。そのうえで、Bという現在重視を「短期主義」(ショートターミズム)と命名し、Aという未来志向を「長期主義」(ロングターミズム)と位置づけて、これまでは短期主義が主流だったが、徐々に長期主義が登場してきたと総括した。その根底にはマッカスキルがまとめた長期主義の三部構成ともいえる
- 未来の人々は重要
- 未来の人々の数は膨大
- 私たちは未来の人々の生活を向上させることができる
があり、本文の冒頭と末尾で登場する(マッカスキル、2022=2024:17;315)。
サスキンドはマッカスキルのこの「長期主義」を忠実になぞっているが、私も2050年への軟着陸を標榜するから、これら3点については納得するところである。
想定した未来は2050年
ここでは「未来」を何時の時点に想定するかで不等号が変化する。
拙著では2050年を念頭に置いていたのでやや長期的な「未来」を意識して、今後25年間で100万人以上の総人口の自然減が毎年発生するので、2050年には9000万人の国家として日本が存在すると予想した。
もっともそれが当たっても、G7の中では現在と同じく、アメリカの3億人に次いで第2位を維持することは間違いない。
マクロ社会学の課題
以上に簡約したサスキンドの「GROWTH」論を「縮減社会」としての「少子化と単身者本位の粉末社会」の分析と対応に活かすには、「人口減少による縮減した社会システムをアイディアの発見と活用によるイノベーションによって補完し、粉末化を緩和するための新しいワークファミリーバランス政策に切り替える」ことが筆頭課題になると思われる。
資本主義のその先に想定される「社会資本主義」に、マッカスキルの「圧倒的な未来への責任論」を注入したい。それにより、縮減社会を「衰退していく暗い時代」ではなく、「未来の世代」のために、2050年段階での9000万人の日本社会を作り直すための25年間にするための構築理論と方法論を供給することが、日本におけるマクロ社会学の最大の課題になると考える。
そこでこの視点から、人口動向に直結する少子化対策をはじめとした日本政府の姿勢を、こども家庭庁の活動を通して検証してみたい。
3年が経過したこども家庭庁
2023年4月に発足したこども家庭庁は、「子ども施策の総合的推進」を目的とした政府機関である。この裏付けは「こども基本法」(2022年法律第77号)にあり、6月9日に公表された『こどもまんなか実行計画2026』(以下、『実行計画』と略称)では、「3年間で、こども政策は大きく強化・拡充されてきた」と自画自賛されている。
確かに2026年度予算は、初年度4兆8104億円から3年後の7兆4956億円にまで膨らんでいる。主な内訳は図1の通りである。

図1 令和8年度こども家庭庁予算案
(出典)こども家庭庁ホームページ(閲覧日2026年6月25日)。
予算案の内訳
予算案の内訳をみると、2023年12月に策定された「こども未来戦略」加速化プランに忠実であり、「若者・子育て世代の所得の増加、子育て支援の拡充、共働き、共育て、社会全体の構造・意識の変化を促す取組」(『実行計画』:2)がうかがえる。
しかし、政府も国民も一番期待している「人口反転」には全く無力であった。なぜなら、発足1年後の2024年の単年度日本人出生数が68万6173人、合計特殊出生率が1.15となり、2025年になると単年度日本人出生数が67万1236人に減り、合計特殊出生率も1.14に微減したからである。
こども未来戦略加速化プランの策定と実施
この理由は鮮明であり、従来からの政府方針である現行の子育て支援に偏重した政策メニューばかりを揃えているからである。本連載⑤(6月21号)で指摘したように、「出生動向基本調査」をみれば、この20年間で初婚同士の夫婦からの子ども数は2.23人から1.90人まで減少したが、平均すれば2人をまだ維持している。

そこへの手厚い支援は当然だとしても、「結婚を希望していてもできない」階層として、「若い世代(18~34歳)の未婚者」のうち約8割が該当する(岸田内閣『こども未来戦略』:4)ことへの配慮が欠落しているからである。
政策の重点価値を変更できるか
既婚者の子育て支援はこの数十年間の「ワークライフバランス」政策により飛躍的に向上したが、上述の「若い世代」の大半である「単身者=未婚者=非正規雇用」への「ワークファミリーバランス」政策が放置されてきたために、国勢調査で見る生涯未婚率は着実に上昇してきた。
単身者の自由と不自由
もちろん「結婚から逃走する」こともその結果として「家族から逃走する」自由もある。しかし、その50年後の高齢期には不自由な「孤老」として暮らす確率は既婚者よりもかなり高くなる。そのうえ、「要介護」状態に陥っても、すぐに施設入所とはいかない。入所しても周りからの支援は必ず必要になるし、これは入院でも同じである。
2050年に向けてそのような「介護難民」や「医療難民」が増加することは容易に予想されるが、この最短距離にいるのは「単身者=未婚者」である。
「ウェルビーイング」
以上の問題意識で『実行計画』を点検すると、「施策の基本的な方向性」の最初に「ウェルビーイング」が置かれ、本文30ページのなかにこの概念が13回登場することに気がつく。「具体的施策」でも同じく用いられていて、全体の内訳は「ウェルビーイング実現」が7回、「ウェルビーイング向上」が5回、「ウェルビーイング」だけが1回であった。
この定義は末尾の(注2)として「身体的・精神的・社会的(バイオサイコソーシャル)に幸せな状態にあることを指し、包括的な幸福として、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義など生涯にわたる持続的な幸福を含むものをいう」(『実行計画』:29)とされている。
そのうえで、「教育振興基本計画」(令和5年6月閣議決定)では、「多様な個人がそれぞれ幸せや生きがいを感じるとともに、個人を取り巻く場や地域、社会が幸せや豊かさを感じられる良い状態にあることも含む包括的な概念としている」(同上:29)という付記がある。
「ウェルビーイング」概念は「主観指標」
本連載④(6月14日)でも詳述したように、「ウェルビーイング」概念は基本的には「主観指標」なので、調査票で尋ねられた国民や市民の回答によってその評価が数値化される。そのため「ウェルビーイング向上」という判断はありえても、「ウェルビーイング実現」は適切な表現とは言えない。
調査結果の評価を計数化することは可能だが、それは「実現」することとは異なる。なぜなら、人が「ウェルビーイング」の状態を評価する場合には、必ず自らの基準に照らして判断するからである。500人いれば500とは言わないが、かなり多くの判断基準が用いられることになる。
「実現」ではなく「実感」でしかない
そのために、「ウェルビーイング実現」はもとより「ウェルビーイング向上」もまた「実感」を超えるものではない。この観点からすると、「こども自身が・・・・・・自身にとっても幸せな状態(ウェルビーイング)を実現できる」(『実行計画』:6)などの表現は不自然であるといわざるをえない。
また「ウェルビーイング向上」に関しても、「ウェルビーイングが上がった」という「実感」が得られた、強くなった、弱くなったというレベルの回答として使った方が望ましいであろう。
若者政策の基本設計
「若者政策」は「具体的施策」の三番目に置かれていて、「若者が希望を持ち選択できる環境の整備」としてまとめられている。ここでの「若者」は(注1)で「思春期(中学生年代からおおむね18歳まで)、及び青年期(おおむね18歳以上おおむね30歳未満)とされている(『実行計画』:29)。
全ての若者を対象にする「実行計画」の宿命だろうが、「こども・若者を巡る現状と社会構造の変化」で「少子化の現状に歯止めは掛かっていない現状」(『実行計画』:5)が嘆かれたように、「少子化対策の基盤」までを含むのならば、「若者」全般論ではなく、「単身者=未婚者=非正規雇用」に焦点を当てることも検討されてよいのではないか。
しかし、「若い世代の希望に沿った結婚支援の取組を施策の検証・評価を踏まえつつ、引き続き着実に実施する」(『実行計画』:23)という全く総花式の表現しか見当たらなかった。
産・官・学の総力を挙げた「こどもまんなか社会」の実現
このスローガンは立派だが、現実的には若者の40%近くが「非正規雇用」である。橋本の調査研究で触れられたように、「非正規雇用」の男性の未婚率は74.5%、女性でも68.4%であったのに対して、「専門職・管理職・正規雇用の事務職」男性の未婚率は34.0%、女性のそれは26.3%に止まっていた(橋本、2025:193;196).
このような相違があるのに、『実行計画』の末尾に付加された「(参考) こども大綱別紙2に定められたこども・若者・子育て当事者の置かれた状況等を把握するための指標」として掲げられた諸データのうち、「若い世代の正規雇用労働者等(自らの希望による非正規雇用労働者等を含む)の割合」(2025年)が「15~34歳」で実に98.0%になっていた。
「正規雇用労働者率」に「希望した非正規雇用労働者率」を合算していた
大きな疑問は、「正規雇用労働者」率に「希望して非正規雇用労働者になった若者」の比率を合算したところにある。
確かに、「労働力調査(詳細集計)2025年」の平均結果の要約をみれば、非正規の職員・従業員数は2128万人のうち、男性は678万人であり、女性は1450万人に増加した。
男性は「自分の都合のよい時間に働きたいから」とした者が228万人となり、次いで「正規の職員・従業員の仕事がないから」とした者が85万人であった。一方で女性は、「自分の都合のよい時間に働きたいから」とした者が529万人と多く、「家計の補助・学費等を得たいから」とした者が285万人になった。
専門的知見の活用が不十分な『実行計画』
だからといって、「希望した非正規雇用者率」を「正規雇用者率」と合算できるものではないであろう。両者はカテゴリーが全く相違するからである。
雇用条件が非常に異なり、所得も労働時間にも差異が大きい二種類の「働き方」を一括するという姿勢では、末尾の「適切なデータに基づく研究知見が政策の立案や検証・評価等を支える観点も踏まえ、専門的知見を更に活用し、腰を据えた研究・分析を行う」(『実行計画』:29)は困難である。
今後の課題
ウェルビーイング概念の使い方も含めて、こども家庭庁の反省がほしいところである。これにはマッカスキルの第8章と第9章も参考になる。
合わせて今後の希望をのべれば、「こどもまんなか社会の実現には、こども家庭庁がリーダーシップをとって、地方公共団体や民間企業、関係府省庁を巻き込んで、こどもにとっての最善の利益を追求していく」(『実行計画』:28)では、肝心の異次元も含めた「少子化」対応への取組が見えてこない。
国民はもとより、国、自治体、企業、医療機関、教育機関などが揃って憂慮している総人口減少、出生数の激減、高齢者の増大、過疎地域の拡大などが目前に迫るなか、「縮減社会」対応への積極的展開が認められないのはどのような理由であろうか。
【参照文献】
- 橋本健二,2025,『新しい階級社会』講談社.
- 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2026,『少子化と縮減社会』東京大学出版会.
- 岸田内閣,2023,『こども未来戦略』閣議決定.
- こども家庭庁,2026,『こどもまんなか実行計画2026』こども家庭庁.
- 小峰隆夫,2026,『地域と人口減少の経済学』中央公論新社.
- MacAskill,W.,2022, What We Owe the Future, Basic Books.(=2024 千葉敏夫訳『見えない未来を変える「いま」』みすず書房).
- Schumpeter,J.A.,1928,“The Instability of Capitalism, Economic Journal, Sept., pp.361-386.(=2001 八木紀一郎訳「資本主義の不安定性」八木紀一郎編訳『資本主義は生きのびれるか 経済社会学論集』名古屋大学出版会:111-143.
- Susskind,D.,2024, Growth : A Reckoning, Alle Lane.(=2025 上原裕美子訳 『GROWTH 「脱」でも「親」でもない新成長論』 みすず書房).
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