「少子化と縮減社会」の再設計の問題⑦:「縮減社会」概念をめぐる省察

金子 勇

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(前回:「少子化と縮減社会」の再設計の問題⑥:「こどもまんなか実行計画 2026」から

第1節 少子化研究の視座転換

少子化対策による「人口反転」は不可能

2023年に発表した『社会資本主義』の準備作業期間を通して、30年近く行われてきた日本の少子化対策への失望と諦観が強くなった。その延長線上で、もはや総人口の減少は避けられないという事実認識に切り替えた。

このまま合計特殊出生率(以下、TFR)が下がり続け、年間の出生数が60万人台から50万人台に落ち込み、その一方で年間死亡者が160万人~190万人になれば、毎年の自然減が100~130万人になってしまう。それでは「縮減社会」を通り越して社会システムの諸機能が維持できなくなり、破局(カタストロフ)を迎えることになる。

そのような視点から、2050年の「縮減社会」としての9000万人の人口になった日本に適合するピースミールな計画(ポパー)を、どう作成し実践していくかを明らかにすることがマクロ社会学の課題であるとしたのである。

縮減社会の持続可能性探求

この問題意識では、総人口減少や年少人口の減少などの領域を取り上げた個別研究の成果とともに、社会システム全体の諸機能を落としながらも現今の「生活の質」をどこまで維持できるかが問われることになる(なお、私自身の「社会指標と生活の質」研究については『社会資本主義』第5章に詳しく展開しているので、参照してほしい)。

縮減社会に対応するためには、TFRを無理に引き上げるような政策よりも、少母化により構造的に出生数もTFRも漸減するという見通しの中で、社会システムとして十分機能するような縮減社会の設計をめざす方針が実態に即していると考えられる。

そこで、出生数の減少がもたらす少子化の「問題解決」というよりも、もはや不可避な少子化に適応するために、その「前提転換」を「縮減社会」論では行うことにした。

もちろん2025年TFRの全国平均1.14の再上昇をあきらめているのではない。農業に特化した西日本地区の諸県(沖縄県、宮崎県、長崎県)や福井県などのTFRはまだ1.40を超えていたので、国による出生率回復支援としての「下支え」の意義を認めてはいる。しかし、日本全体の構造的回復はもはや困難であろうと判断したのである。

社会関係資本が育たない

なぜなら、グローバル資本主義における「単身者=未婚者」の増大は、日本では4割に迫る「非正規雇用」と有意な関連をもっているからである。それによる「雇用への不安定」が若者に「単身=未婚」というライフスタイルを選択させる。

同時に社会全体では小家族化が進むことによって、縮減社会における「家族機能の縮小」が避けられなくなる。企業の都合で転勤を余儀なくさせられる正規雇用者が増え、自己都合による長距離通勤を選択する単身者が増えたコミュニティでは、居住地区を基盤としたコミュニティレベルでの社会関係資本が作りにくくなった。

そして根本的な問題としては、図1のような正規雇用者と非正規雇用者間の「賃金格差」が大きいままに推移してしまう。図1をみれば、前号(7月5日)で疑問視したように『こどもまんなか実行計画2026』で、「希望した非正規雇用者率」を「正規雇用者率」と合算したことは誤っていることが理解できるであろう。

図1 正規雇用と非正規雇用の賃金格差
出典:『日経ビジネス 徹底予測 2026』日経BP 2025:191.

グローバル資本主義の帰結としての「単身者=未婚者」

これらの諸現象は、グローバル資本主義の帰結として不可逆的に発生する。だから、「単身者=未婚者」は個人の問題を超えて、グローバル資本主義における格差をめぐる社会構造の問題とならざるをえない。そうであれば、国が「ワークファミリーバランス」への転換を本気で検討して、実行に移すことが求められるのではないか。

いたずらに40年間の対策の延長上で「ワークライフバランス」を墨守することは、「過剰な財政支出」をもたらすだけである。その結果は、「社会支出」面における他領域(医療・教育・地方創生)を確実に圧迫する。

縮減社会にふさわしい「社会支出」を行う

さらに、従来の「少子化対策」の具体的項目に認められた「効果不明の政策乱発」の危険性が残っている。

常識的には「少子化対策」とは無縁と思われる費目が、各省庁によるこれまでの政策項目では少なくなかった。たとえば、「子育て」事業として、厚労省「たばこ対策促進事業」、農水省「都市農村共生・対流及び地域活性化対策」、国土交通省「省庁施設のバリアフリー化の推進」、「鉄道駅におけるバリアフリー化の推進」、厚労省「シルバー人材センター事業」などがそれに該当する(金子、2026:103)。結果としてこれらもまた、「縮減社会の持続可能性」を損なうことは確実である。

少子化による社会資本主義の機能低下

2025年の東京のTFRは0.96まで低下したので、このままの低下傾向が続けば、日本社会全体のTFRも1.00に近づくであろう。

いずれにせよ現段階では、2050年の「縮減社会」は避けられないから、9000万人社会における機能水準が現在の「生活の質」を保つために、何をどうするか。その意味でTFRの上昇や総人口の反転はもはや「社会目標」にはなりえない。

だからこれからのパラダイムは「少子化を止める」という発想ではなく、それらを前提条件とした縮減社会の再設計の方法に純化させるしかない。

9000万人社会にふさわしいレジリエンス機能

現在よりも3000万人の総人口が減少するのだから、宇沢弘文のいう社会的共通資本としての都市インフラをはじめとして、「制度資本」としての医療、教育、司法、行政、金融などの諸機関もまた、徐々にその量的水準を切り下げることになる(宇沢、2000:22)。

ただし、社会システムにはレジリエンス(resilience)といわれる不都合な状態からの回復力が備わっているために、仮にTFRが1.00まで低下してもそのまま社会解体につながるわけではない。もちろんそれが続けばいずれ「機能の臨界点(functional threshold)」にまで届いてしまう。

世界史のうち古代史や中世史では、そのような状態に陥って滅んだ古代ローマ帝国などをはじめとしていくつもの国家があることは周知の事実である。

AIリスキング

しかも総人口減少だけでなく、この10年来少子化と同時進行の様相を呈してきたAIの普及により、いわゆる「定型タスク」としての一般事務職では、表1に見るようにすでに極端な仕事不足が発生している(週刊東洋経済編集部、2026:50)。この傾向はAIの導入が「人による業務」そのものを不要にしたからである。

その一方では、いわゆるエッセンシャルワーカーとしての職種の深刻な人手不足がうかがえる。表1には教育・保育や医療福祉がないが、後者と同じ範疇の介護、自動車運転(物流)、治安・保安(警備)、建築・土木・測量などライフラインに関わる技術者などは、現在でも深刻な人手不足が生じている。

2050年の「縮減社会」ではAIはもっと社会システムの隅々まで浸透しているだろうから、今後25年間でこのような職種の過不足への対応も準備しておくことになる。

表1  職種別有効求人倍率(2025年3月)
(出典)『週刊東洋経済 第7289号』(2026年6月20-27日合併号):50.

重要な指針は「出生率」低下ではなく「社会機能」の維持

縮減社会での社会解体は、人口減少ではなくエッセンシャルワーカーの極端な不足による「社会システムの基幹機能」の大幅な低下により発生することを十分に留意しておきたい。現段階で想定される「社会システムの基幹機能」としては次の4領域が考えられる。

(1)医療・介護・看護機能

これには医師・看護師の不足はもとより、ケアマネージャーなど介護関連の専門家の不足が該当する。なにしろ「命が脅かされる」状態になるのだから、この「臨界点」の低下には最新の注意を払っておきたい。すでに地方都市では市立病院や国立病院の閉鎖や統廃合が始まっている。最小限の地域医療としては、第一次医療を担う開業医院の存続とともに、高次医療機能を受け持つ大学病院などの基幹病院だけは守ることになる。

(2)教育機能

医療と同じく重要な機能は初等・中等教育機能であり、これまでにも進められてきた小・中学校の統廃合をはじめ地域人口の減少に合わせた対応を進めていきながら、大学における教員養成課程の見直し、社会人からの教員への転職の条件を明確にしておくことが望まれる。もちろん給与水準や長時間勤務の見直し、休暇の確保など待遇面での改革が伴わないと、「次世代再生産」としての教育機能が不可能になる。

(3)コミュニティ(インフラ・自治)

これには都市のインフラ面として社会的共通資本の点検・整備・新設などが含まれるが、それを行えるエッセンシャルワーカーの確保と新しい技術・技能を習得できるようなリスキングの体制も作り始めたい。そうしないと、北国特有の除雪、高速道路や一般道路の補修、ダム管理を含めた上水道システムの維持が出来なくなる。

もう一つは「単身者=未婚者」がそのまま「高齢者」となるから、その段階で「社会的孤立」や「心理的孤独」への対応が、制度的対応も含めてコミュニティレベルでどこまで可能かという問題がある。

WHOによる From Loneliness to Social Connection(2025) の発表

WHOの文書は2025年6月30日に発表されたが、気がついたのが遅く、『少子化と縮減社会』では活かせなかった。

少し読んでみると、これまでのWHOによる健康の定義「単に病気や疾病が無い状態なのではなく、肉体的・精神的・社会的に満たされている状態」を基にした社会的つながり(social connection)に関わるレポートである。

そこでは、健康の要(pillar of health)は社会的つながりであり、これがなければ死亡や身体面や精神面の健康に、そして社会・経済的状態にも重大な影響があるとまとめられている(WHO,2025:Introduction)。

結果的ながら、拙著で危惧した「単身者=未婚者」の高齢期での「孤老」(孤立・孤独)の問題が、WHOのレポートでは詳細に論じられているように思われる。

(4)文化的継承能力(地域文化・大学教育)

これには、財務省が2026年4月23日に公表した「人口減少社会の中での総合的な国力の強化(財政各論Ⅰ)」が参考になる。そこでは、たとえば北海道新幹線の建設費の高騰により、国土交通省の「再評価基準」によれば、「プロジェクトを中止すべき水準」(財務省、2026:14)と判断されている。勇気がいることではあろうが、今後のリニアモーターカーの建設工事もまた同じ判断になろう。

この判断基準と同じく、「高等教育の質」的観点から、少子化が引き続き進行するために、2040年に向けて現在の大学数を250校程度減らし、学部定員は18万人の縮減が指摘された。さらに「学生10万人当たりの高等教育機関数をアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、韓国の平均値(約22校)まで一定のペースで減少させると仮定すれば約400校程度が廃止の候補になる」とのべられている(同上:34)。

何しろ総人口が3000万人も減少する中でも年少人口の減少数は特に甚だしいので、約60%の現在の大学進学率をそのままにすれば、全員入学が続き、大学の質的低下が避けられないからである。

財務省の「財政各論Ⅰ」では、「定員割れ私立大学における授業の例」として、英語は「be動詞の基本的機能、現在形の整理、現在形と過去形の違い」などが挙げられており、数学では「四則演算、約数、倍数、方程式と不等式の基本」が教えられている(同上:33)。この内容では本格的な大学教育とはいえないから、「縮減社会」ではこのような教育内容の大学はいずれ廃止の対象になってしまうであろう。

以上を要約すると、縮減社会の「守るべき最低限」とは:

  1. 一定の「生活の質」を維持して個々人が生きられる(生存)
  2. 経済社会システムや環境が持続可能になる(秩序)
  3. 次世代・次々世代へとつながる(再生産)

に収斂させられる。

このためには「現状を全て守る」のではなく、「これだけは失うと社会解体が始まる基準点をみつける」ことに焦点を置くことになる。

第2節 ワークファミリーバランス政策

「衰退」を「縮減」として捉え直す

少子化と縮減社会』では、人口減少を単なる衰退ではなく、社会規模がコンパクトになる「縮減」と捉え直した。経済成長を与件とした従来の社会発展モデルとは異なり、確実に減少する総人口3000万人を受けとめる適応の仕組みを、「ワークファミリーバランス」を基盤とした再構築として提言した。

なぜならここでの「 縮減社会」 とは総人口が減る、小家族化が進む、コミュニティが縮小し、近隣関係が衰退し、個人の関係が薄くなり、社会関係の粉末化がよりいっそう鮮明になり、社会統合が劣化するような社会システムステージを指す概念として使用したからである。

それらは社会現象としては「少子化する高齢社会」の諸現象と理解できて、個別的な動向の筆頭には「未婚者=単身者」の増加が挙げられる。

「家族形成」はリスクなのか

20年以上社会調査により少子化現象を地方都市で把握してきた経験からみると、20世紀末からの日本では、個人が結婚や出産という多大なコストやリスクを伴う「家族形成」を避ける生き方として、自由な「単身者=未婚者」を選択してきたとまとめられる。それが「結婚からの逃走」、「家族からの逃走」という社会現象の背後にある。

この結果として21世紀になると、かつての「標準世帯(夫婦と未婚の子)」に代わり、単身世帯が社会の多数派を占めるに至った。

そこには「長期的な未来にプラスの影響を及ぼすことが、現代の主な道徳的優先事項のひとつである」(マッカスキル、2022=2024:12)とみる「長期主義」からは、近未来から遠い未来にかけて徐々に強くなる「二つの逃走」としての「単身世帯」の急増により、その高齢期における「孤立と介護」のリスクが飛躍的に高まることが現段階でも予想される。

単身者本位の生き方では、高齢期においては家族による要介護者へのケアが全く期待できないため、その介護負担がすべて公的サービスに転嫁される。いわゆる「おひとりさまの老後」を味わえたのは社会システムの人口バランスが取れていた時代だけであった。

しかし、「縮減社会」では高齢期を支える社会的サービスの貧困の連鎖が普遍化してしまうから、単身高齢者世帯の増加を受けて、「従来の家族モデルに基づいた社会システムの終焉」が始まり、既存の制度自体が十分な機能を果たさなくなる。

価値観の変容による少子化の進行

これまでの研究から、少子化の推進力は子育て費用の急騰ではなく、個々人の生き方の根源を形成する基本的価値観の変化によるところが大きいことが判明している(金子、2026:120-121)。その中軸に「結婚からの逃走」と「家族からの逃走」があり、結果として「単身者本位の社会」が普遍化した。これは日本現代だけではなく、世界的にも共通に見られる価値観の大きな変化である(エバースタット、2024=2024:13)。

それは「結婚・家族」を自らの人生の中心に置かず、個人主義を尊重する価値観をもっている。その行く先には「縮減社会」が顕在化して、日本でも次のような社会問題、①格差の増大、②労働人口の減少、③社会保障の負担増、④地域社会の衰退、⑤消費の縮小などが継起する。

すなわち、子ども・若者減少と総人口減少が重なり、高齢者比率が高まる状態が通常化するので、供給(生産)も需要(消費)ともに3000万人分少なくなった日本経済・社会システムは弱体化してしまう。

解決の方向にワークファミリーバランスを想定する

この変動への対応には20世紀末から強まってきた「単身者本位」という価値観を揺さぶり、それを梃子とした打開策を講じることしかない。そのための手段として新しい「ワークファミリーバランス」を提起したのである(金子、前掲書:270)。

すでに多様な意味をこめて学界でも使われ始めていた「ワークライフバランス」を避け、独自の「子育て共同参画社会」の理念として利用し、子育てに関しては社会全体での「共同養育」のために、30歳以上から「子育て基金」の原資を集める。

「ワークライフバランス」でもっとも重視されてきた既婚世帯の子育て支援ではなく、結婚したいが非正規雇用をはじめ経済的理由その他でそれが困難と感じている「単身者=未婚者」にも、国家によるしっかりした支援を開始することを含めている。

それらを考慮して、少子化現象は、個々人のライフスタイルの変化としての「粉末化」に深く関連する個人主義的な価値観への移行が、「家族形成からの離脱」として社会的に顕在化したと分析したのである。

その点で、新しい意味を込めて提起した「ワークファミリーバランス」は、非正規雇用の若者の結婚支援を促すだけでなく、社会システムの構造を確実に予想される3000万人の総人口減少により生じる「縮減社会」のシステム全体を作り変えるための戦略的概念となる。

「ワーク・ケア・ライフ・コミュニティ・バランス」からの推移

従来の「ワークライフバランス」では、「コミュニティとケア」を省略していたという事実が鮮明であった。そのためある時期の私は、「ワークライフバランス」に代わる理念として「ワーク・ケア・ライフ・コミュニティ・バランス」を使っていたことがある(金子、2019:263)。

この理由は、40年間続けられてきた国策としての「ワークライフバランス」が、働きながらの「介護」、介護のための「退職」、「まち・ひと・しごと」を標榜してきた「地方創生」におけるコミュニティと「しごと」などの問題を排除していたからである。

ところが、この概念に対して、学会大会の席上で数人の社会学者から、概念の趣旨は分かるが「長すぎて使いにくい」というコメントが寄せられたので、今回「ケア・ライフ・コミュニティ」を「ファミリー」に変えたのである。

「縮減社会」に適した生き方・働き方

総人口が減り、社会システム全体の規模が現在の八掛けに縮減する社会では、残された9000万人で働く側に回った55%の国民はそれぞれの労働生産性を落とさないように努め、社会システムの「生活の質(QOL)」を維持することになる。

それには社会システム全体では「脱成長」でも「定常社会」でもなく、1~2%の「経済成長」を追求する生産性を55%の働く国民は持ち続けるしかない。しかしそのために、長時間労働を行うのでは本末転倒になるから、「ワーク」が「ファミリー」とともに両立する時間を男女ともに確保しておきたい。それが結果として「縮減社会」の持続可能性にもつながる。

個人の対応よりも社会システム側の適応

少子化を推進してきた単身者本位の価値観に影響する「働き方の見直し」に関しては、可能なかぎり非正規雇用という分類を正規雇用に変更する努力を国が先頭に立って、財界への働きかけを行い、国家的な支援体制を構築することができるかどうかが問われる。

非正規雇用は企業の側からすれば、いわゆる危機の際の「安全弁」と見られやすいから、国が本気を示さないかぎり、公務員も含めた非正規雇用制度は縮小・廃止の方向には進まない。

「結婚・家族からの逃走」を止める

このように、「縮減社会」への対応事例はすべて「結婚・家族からの逃走」原因を突き止め、それを防止する社会システムへの変換を進めることを第一義としている。

なぜなら、「単身者=未婚者」が仮に社会システムの半数を占めれば、現代人が手にしてきた医療、介護、学校教育、納税、交通、都市インフラなどの諸制度が次世代・次々世代では維持できなくなるからである。

「結婚や出産はコストやリスクが高い」と感じて避ける(結婚・家族からの逃走)現状を延長すれば社会システム全体が維持できなくなることを理解して、社会全体で「ワークファミリーバランス」を整えることを通して、「家族を持つことが人生の豊かさにつながる」という実感を取り戻すことを目指すしかないであろう。

なお私も、「2019年段階で具体的なデータを揃えて、未婚率の上昇と非正規雇用との関連については分析していた」ことがある(金子、2019:263-264)。

要するに「ワークファミリーバランス」の概念は、現在議論されている「異次元の少子化対策」の議論の先駆けにもなりえると考えられるから、各方面での追究が求められるところである。

【参照文献】

  • Eberstadt,N.,2024, “The Age of Depopulation Surviving a World Gone Gray”Foreign Affairs Report  No.12  (=2024 藤原ほか訳 「高齢化と人口減少の時代―人口減少と人類社会」Foreign Affairs Report  No.12) : 6-22.
  • 金子勇,2019,「社会変動の理論へ向けて」金子勇編『変動のマクロ社会学』ミネルヴァ書房:1-73.
  • 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2026,『少子化と縮減社会』東京大学出版会.
  • 岸田内閣,2023,『こども未来戦略』閣議決定.
  • こども家庭庁,2026,『こどもまんなか実行計画2026』こども家庭庁.
  • MacAskill,W.,2022, What We Owe the Future, Basic Books.(=2024 千葉敏夫訳『見えない未来を変える「いま」』みすず書房).
  • Popper,K R,1945=1966,The Open Society and its Enemies :“ The Spell of Plato” and “The High Tide of Prophecy :Hegel,Marx,and the Aftermath” Routlege,(=2023 小河原誠訳『開かれた社会とその敵 第1巻プラトンの呪縛』(下)岩波書店).
  • 週刊東洋経済編集部編,2026,『週刊東洋経済 特集AI大失業が来る』(6月20日―27日号).
  • Susskind,D.,2024, Growth : A Reckoning, Alle Lane.(=2025 上原裕美子訳 『GROWTH 「脱」でも「親」でもない新成長論』 みすず書房).
  • 宇沢弘文,2000,『社会的共通資本』岩波書店.
  • WHO,2025,From Loneliness to Social Connection :Charting a Path to Healthier Societies、(Report of the WHO Commission on Social Connection).
  • 財務省,2026,『人口減少社会の中での総合的な国力の強化(財政各論Ⅰ)』(4月23日).

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