IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。
今回のIPCC報告では、新機軸として、古気候のシミュレーション分析があった。
それを見ると、あたかも、大昔の気温はもっぱらCO2濃度によって決まっており、それが計算機シミュレーションで再現できたかのようだ。
下図1 ” Box TS.2, Figure 1(a)” では、Early Eocene (イオシーン早期、5300~4900万年前。イオシーンは始新世と邦訳される)のCO2は900~2000ppmと高く、気温は10℃から25℃も現代より高かったとしている。図(b)を見ると、あたかも、CO2濃度によって気温が一直線に決まるかのようだ。
また、続く図 Box TS.2, Figure 2(a)では、この気温上昇について、計算機のシミュレーション結果(Simulated temperature)は、地層堆積物などからの推計値(Reconstructed temperature)を概ね再現している、としている。
ははあ、なるほど。以上を見ると、地球の歴史において、気温はもっぱらCO2だけで決まってきたかような印象を受ける。
けれども、このIPCC報告をみて奇妙に思った。というのは、地球の気温を決める要因はさまざまあり、CO2と無関係にも気温が上下することはこの世界の常識だからだ。
実際に、IPCC報告が引用しているAnagnostouらによる論文を見ると、Eocene(5600~3390万年前)だけを取り出しても、CO2と気温の相関は弱かったことが分かる(図3)。
図を見ると、例えばCO2濃度は1000ppm以下でも、地球の平均気温GMT(Global Mean Temperature)は20℃以下の時もあれば(3900万年前から3400万年前、白抜きひし型◇、および3400万年前から3350万年前、オレンジのひし形◆)、30℃以上の時もあった(図中の青塗りのひし形◆)。
なおこの図の折れ線はシミュレーション計算の結果である。折れ線はいずれも右肩上がりで、CO2が増えると気温が上がる、としている。
しかし図3をしげしげ眺めると、同じ1000ppmでもかなり気温差があることから、少なくとも1000ppm付近では、むしろ気温は主にCO2以外の要因によって決まっているように見える。
なおこのEarly Eoceneに先立つPETM(Paleocene-Eocene Thermal Maximum)期(5630~5590万年前)は、CO2濃度は現代よりやや高いに過ぎなかったが、気温はEarly Eocene以上に高かった、とMayはコラムで指摘している。
気温はCO2によっても左右されるが、大陸の配置によっても5℃程度は上下する。現代は大陸が極地に集まっていて南極やグリーンランドに氷床があるが、Eoceneはそうではなく、地球上どこにも氷床が無かった。海流も、もちろん現代とは異なっていた。図3で3900万年前以降に気温が下がっているのは大陸の移動の影響とみられている。
さて、「地球のCO2濃度と気温の関係をレポートしなさい」と学生に言ったとして、本稿冒頭の図1を示して、「はい、CO2で気温は決まっています」などと言えば、落第だ。
なぜなら、それは、図3のような、相関の弱い図から、相関を示唆する直線上の点を取り出して繋いだに過ぎないからだ。
IPCC報告も、よく読むと、本稿冒頭の図1、図2は、「分析した対象期間について作図しただけ」と述べており、「この比例関係がいつも成り立つ」とか「気温はもっぱらCO2だけで決まる」と主張している訳ではない。だがこのような、誤解をとても招きやすい図、かつ政治的な悪用をされやすい図を、要約にまで載せておくのはいかがなものか。
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1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。
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