「世界で起きている出来事は地政学的に理解する必要があり、短絡的な善悪判断は危険だ。オールドメディアの発信は左翼の情緒反応と同類であり、その多くは中共に利する内容だ。その背景や意味を深掘りしたい」といったような言説がSNSで広く流れている。
最初に誰がこんなことを言ったのかは知らないが、高市首相の熱烈な支持基盤のネトウヨ界隈の心を掴むらしく、「高市総理を応援する会」とか「小野田紀美議員を応援する会」とかで広められている。
つまり「国際法なんかくそ食らえ」という時代から、戦前の日本や現代のトランプのように好き勝手に軍事行動をすることを支持したいらしい。
しかし、私も最近『国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退』(さくら舎)という本を書いたので、このような『地政学のナチス的悪用』は困ると言いたい。

新著でも書いたのだが、実は「地政学」(ジオポリティクス)という言葉は日本ではよく知られているが、欧米ではあまり使われない。なぜなら、ドイツ第二帝国やヒトラーのナチズムがこの言葉を国際法違反の侵略を正当化するために使った苦い思い出があるからだ。ところが、戦前にドイツの影響が強かった日本では、そうした事情が知られていない。国家防衛のために防衛ラインをここに引くと有利だということを研究しようという発想は、なにも悪いことではない。そして、それを実現すべく平和的な外交努力をすることもよいことだ。さらに、それを国際秩序をどう形成していくかに当たって、各国が納得できる将来像を形成することに使ってもいいと思う。
だが、平和的な話し合いや国際法を無視して侵略したり、強引な秩序改変を正当化するのに使うのはとんでもないことだ。
ウクライナ問題についていえば、そもそも東欧やウクライナを押さえたらロシアを封じ込めることができるだろうということで、欧米がEUやNATOを拡大しようとしたのも地政学の悪用だ。しかし、いかに欧米が東への勢力拡大をしようとしたからといって、国際法を無視したクリミア侵攻やウクライナ紛争を起こしたのも地政学の悪用だ。
トランプの暴挙を地政学的な観点から米国やその同盟国の利益になるからといって肯定したり、かつて日本軍国主義が「満蒙は帝国の生命線」だといったり、最近、台湾問題を北京と台北の話し合いとか中国国家のあるべき姿と切り離して、日本のためには中国統一は阻止しなければならないというようなことを言うのも、地政学の悪用でしかない。
もちろん、台湾に中国軍がいないとか、台湾海峡の両岸を中国が押さえないほうが日本にいいに決まっているが、どう考えたって台湾は中国の一部だ。それを否定したら、沖縄だって日本かどうか疑問になる。
近代世界の万国公法が東アジアに適用されるようになった時点で、台湾は中国、沖縄は日本ということで互いに納得したはずだ。それを地政学的に一泡吹かせようなどという浅はかな考え方はやめるべきだ。

Tomeyk/iStock
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【目次】
第1章 文明の源流と民族奥亡が紡いだ古代ユーラシアの大地図
第2章 大航海、新帝国、革命が形づくった近代ユーラシアの再構築
第3章 ユダヤ・イスラーム・ギリシアの世界が形づくった中東の文明圏
第4章 ロシアとウクライナを形づくった千年の興亡史
第5章 インド文明を形づくった大地・民族・宗教の多層史
第6章 王朝・民族・地政学で読み解く東アジア世界の歴史構造
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