安倍内閣発足から高市内閣までを総括
国家の基本要素は「国民・領土・主権」の3つだといわれる。もう1つ加えるとすれば、国家の存在価値をかたちづくる理念かもしれない。皇室のあり方が大きな関心事になるのは、まさに、そこに関わってくるからだ。
私はフランスに留学したり勤務した経験、あるいは、経済産業省で中国・韓国・インド担当の課長を務めてこれらの国との外交実務に携わった経験も踏まえて、こうした問題について多くの著作を書いているが、領土については、『領土問題は「世界史」で解ける』(宝島社・2014年)に基礎があり、その後、沖縄の状況について大幅に加筆して『誤解だらけの沖縄と領土問題』(イースト新書)とした。翁長雄志知事の死を受けた知事選挙の最中に執筆し、玉城デニー知事の就任とほぼ同時に刊行され、沖縄問題と領土問題全般についての客観性の高い著作として評価をいただいてきた。
しかし、それから8年の時間が経ったので、最近の状況を踏まえて全面的に加筆修正した。第1章から第8章は必要な改訂を行い、近年の状況は第9章(沖縄以外)と第10章(沖縄)にまとめて、『誤解だらけの沖縄と領土問題(増補改訂版)』(清談社)としてこのほど刊行した。
ここでは、安倍内閣の発足あたりから高市内閣の登場までをひとまとめの時代として扱っている。
中国の習近平は2011年に共産党総書記、翌年に国家主席に就任した。北朝鮮では金正日が2011年に死去し、翌年に金正恩が後継になった。韓国では李明博から朴槿恵にバトンタッチされたのは2013年だ。そして、ロシアはずっとプーチンが最高指導者だが、2014年にクリミア侵攻を断行して西側と対立関係になった。
こういうわけだから、2012年の安倍首相の再登場をもって1つの時代の始まりと捉えるのは、妥当だと考える。

安倍晋三元首相と高市早苗首相 自民党HPより
北方領土・竹島・尖閣より大事なのは沖縄と北海道だ
日本人は領土問題というと尖閣、竹島、北方領土を思い浮かべる。しかし、これらは軽微な国境紛争にすぎない。本当に心配すべきなのは沖縄への中国の野心だ。また、対馬は韓国のものだという人もいる。ロシアとの本当の問題は、北方4島でなく樺太であり北海道だと思う。そして、太平洋の覇権をめぐる深刻な争いがある。
本書は、こうした問題について、願望だけでなく、骨太に高い客観性をもって論じている。とくに、沖縄については、中国は、日本から独立させるとか自立した地域にしようと画策しているようにみえる。しかも、沖縄にも米軍基地反対の延長で、中国の野望から出た「独立論」とか「先住民族論」に擦り寄る人もいる。
一方、本土の保守派には、県民の4分の1が犠牲となった沖縄戦や、米軍統治の苦しみ、台湾有事に日本が関与した場合に沖縄が直面する危険を過小評価して沖縄県民の顰蹙を買う人も多く、このまま溝が深まると、いつの日か「離婚」に発展しかねない。
本土の人間はもっと沖縄について知り、理解すべきだ。沖縄返還交渉のころからのやりとりを覚えている世代は沖縄について深い関心をもっていたが、最近は政治家や官僚などですら関心と知識が低下していることを憂慮している。
「辺野古沖の修学旅行船転覆事故」(2026年3月16日)でも、沖縄での報道量が少ないとか、抗議団体の人だけでなく、県知事も含めた埋め立てに反対する側の人たちの態度が悪いと本土では批判され、一方、沖縄ではこの事件が沖縄を題材にした平和学習そのものを否定することに利用されているという不満が高まった。私はどちらの言い分も理解できるだけに心を痛めている。
また、台湾有事を巡っても、日本が介入すれば、沖縄も攻撃されるのではないかという可能性がきちんと認識されていないことを憂慮している。
さらに、アジア諸国の経済発展や沖縄観光の好調で、日本に帰属しているからこそ沖縄は豊かだとか、米軍基地がなくなったら沖縄経済は成り立たないというわけではないことも理解すべきだろう。
本土でも「沖縄は中国の領土だったことがあるのでしょう」とか「日中両属だったのでは」とかいう人もいる。しかし、沖縄の人たちの先祖は、全国平均より縄文人比率が高く、全国でもっとも中国人と縁遠い関係にあるし、言語も日本語と同系統だ。
琉球王国は明や清と朝貢貿易をしていたが、朝鮮王国やベトナムと同じ立場だ。また、公式の建国神話は、源為朝の子が初代国王だとしているし、16世紀から島津氏の支配下にあった。だからこそ、近代国際法が導入されたとき、列強からも日本の一部であることが異議なく承認されたのだから、両属という言葉は不適切だ。
私はかつて沖縄総合事務局という国の出先の課長を務め、2年間、沖縄県民だったし、現在の経済産業省で中国や台湾の担当課長だったこともあるので、本土・沖縄・中国・台湾の問題をそれぞれの立場から多角的に分析して紹介したいと思う。
ロシアとの関係では、安倍晋三首相時代には、プーチン大統領との27回に及ぶ会談を経て、かなり進展はあった。しかし、安倍退陣、ウクライナ紛争、安倍氏の死という出来事が続き、しばらく進展は望みにくそうだが、それでも、これまでの交渉で得た成果を双方が忘れず、交渉を両者が歩み寄った時点に戻って再開できるときを待ちたいものだ。
竹島と尖閣諸島は、どちらも江戸時代にはどこの国も実効支配していなかった。しかし、明治になって日本が慎重に国際法の手順に従って領土化した。それが紛糾しているのは戦後の混乱期の出来事に起因する。
本来の領土問題としての重要性を超えて、日韓・日中両国間の友好関係の棘になっている。竹島について、日韓交渉のときに韓国の政治家が、「いっそ爆破してしまいたいくらい」と言ったといわれるほどだし、尖閣諸島も日中関係をひどく歪めてきた。
日本はその領有の正当性をしっかりと主張すべきだが、その一方で、領土問題を語るにあたっては、強硬に頑張ればよいというものでもない。日本は相手の言い分も誠実に理解しなければならないし、相手国民にも「日本にも一理ある」と分かってもらったほうがよいに決まっている。
本書は、日本人に領土の問題についてもっと興味をもってほしい、また、愛国的な気持ちだけでなく、国際法的な根拠をしっかり踏まえ、相手国の言い分もよく理解してほしい、ということも目指している。そうでないと世界へのアピール力に欠けるからだ。
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