日本ファクトチェックセンターにおいて、『「新型コロナワクチン接種開始後38万人が超過死亡」は誤り 数値に隔たり、死因と結びつける言説にも注意』という記事が公開されました。 今回は、このファクトチェックの検証プロセスをチェックしてみます。
判定は「誤り」となっています。この判定自体は正しいと私は考えます。しかし、検証プロセスが稚拙で問題が多いのです。順を追って説明してみます。
問題点1 感染研のグラフの読み方を理解していない
この記事では、「2021年5月から2023年10月までの2年半で、超過死亡は7万4810人から19万1285人」と記載し、その根拠を感染研のグラフとしています。
超過死亡数をグラフで確認してみます。
確かに超過死亡数は、74,810~191,285人です。しかし、過少死亡数は、0~23,013人です。したがって、正味の超過死亡数は、74,810~168,272人です。他で公表されている超過死亡数と比較する場合は、過少死亡数を引いた数値で比較する必要があります。
この問題は過去に何回かネット論考で指摘しましたが、未だに意味が理解できていない人が多いようです。
この間違いは2020年の超過死亡数を調べてみると明白になります。2020年の死亡者は例年より大きく減少したと報道されています。ところが、感染研のグラフでは2020年の超過死亡数は320~8,092人とプラスになります。しかし、過少死亡数は8,834~43,101人なので正味の超過死亡数は-8,514~-35,009人となりマイナスになります。
問題点2 超過死亡数の計算方法が複数提案されていることを理解していない
日本ファクトチェックセンターのファクトチェックでは「感染研の超過死亡数は正しい」という前提で検証しています。ところが、「感染研の超過死亡数が必ず正しい」という保証は実はないのです。このことは、問題点3で説明します。
命題が「感染研の超過死亡数が38万人の検証」であれば話は簡単でしたが、命題を「超過死亡数が38万人の検証」としましたので、ファクトチェックの難易度は格段に高くなってしまいました。
前者であれば感染研の超過死亡数を示せば終わりですが、後者の場合は、超過死亡はどのように定義され、どのように計算されるかについて考察する必要がでてきてしまうのです。超過死亡数の計算方法は複数提案されているため、他に公表されている超過死亡数も調べる必要があります。
Lancetの論文で、2020年~2021年の日本の超過死亡数は、約11万人と報告されました。この期間の超過死亡数は、感染研で調べると過少死亡数を引いて、4,560~16,858人でした。なんと9万人強もの差があるのです。
したがって、もしこの論文の計算方法を用いて2021年5月から2023年10月までの2年半の超過死亡数を計算しますと、2020年は特に死亡者が少なく2022年は特に死亡者が多かったため、38万人くらいの数値になっても不思議ではありません。
ただし、この論文の超過死亡数の計算方法には問題があることが複数の専門家から指摘されており、私も以前のネット論考で指摘しました。専門家で話題となった論文ですので、この論文に言及した上で38万人を否定しませんと精緻なファクトチェックとは言えません。
問題点3 感染研が提示する超過死亡はWHOが定義する超過死亡と異なることを理解していない
超過死亡という概念は、1973年にWHOによりインフルエンザ発生動向の監視や包括的健康影響評価を目的として提唱されました。WHOは超過死亡数を「平時に予想される死亡数と危機発生時の死亡数の差」と定義しています。そのためWHO、米国CDC、Our World in Dataではパンデミック以前のデータを比較データとして使用しています。一方、感染研は過去5年のデータを比較データとして使用しています。
感染研が提示する超過死亡は、WHOが提唱する超過死亡と同じ指標ではないのです。したがって、今回のファクトチェックにおいては「感染研の超過死亡の検証」としていればよかった のですが、「超過死亡の検証」としてしまったので、問題が生じました。
科学的ファクトチェックは、用語の定義を明確にした上で検証することが極めて大切です。超過死亡という概念を十分に勉強せずにファクトチェックをしますと、今回のような残念な記事となってしまいます。
【追記、2024/02/19】
日本ファクトチェックセンターよりメールにて、 「今回の論考を読み、検証内容の修正を検討している」と連絡がありました。 どのように修正されるのか楽しみです。