安倍政権における対露外交の情熱
2012年の安倍晋三首相の再登板以降、プーチン大統領との会談は27回におよぶ。首相の訪露は11回、プーチン来日は2回である。
対ロ外交は、安倍首相にとって父である安倍晋太郎が命がけで取り組んだテーマだという特別の想いがある。晋太郎は自民党幹事長だった1990年に膵臓癌をおして訪ソし、ゴルバチョフの訪日を要請した。翌年に訪日が実現し、晋太郎も会談したのだが、その1か月後に急逝した。晋太郎が首相になっていたら対ソ外交は日朝国交回復と並んで目玉になるはずだった。

それもあってか、安倍首相は少しバランスを失すると見えるほど対ロ外交に入れ込んだ。しかし、就任から1年あまりの2014年に、ロシアがクリミアに侵攻したことから、日本は欧米の対ロ制裁に加わらざるを得なくなった。
欧米首脳がプーチン大統領のLGBT問題への取り組みを批判して欠席した2014年2月のソチ五輪の開会式にも安倍首相は出席した。その半月後のクリミア侵攻後でも、安倍首相は制裁やG8からのロシアの追放に反対したのだが、結局は、大勢に従わざるを得なかった。日本の立場からすれば仕方ないのだが、プーチン大統領はこれにいたく失望したようだ。
国際政治の制約と日露の立ち位置
もともと、ロシアがクリミア汗国(モンゴル系でオスマン帝国に従属)の勢力から獲得したクリミアをウクライナが領有していたこと自体が不自然なのだが、ソ連解体のときの経緯があって法的には正義であるので、ウクライナも欧米諸国もどうしても譲れない。しかも、ウクライナ移民というのが欧米各国でかなり多く、政治的に力を持っているので、妥協点を探るのは至難で、対ロ融和派はすぐに政治的につぶされる。
日本も欧米の意向に逆らって対ロ融和を図るのはコストが大きすぎる。そういうなかで、着実に経済協力を進めて、日露協力が互いにとってメリットが大きいことを感じられるようにして将来に備えるのは、よいことだと思う。
しかし、長い目で見れば、ロシアと日本の両方にとって最大の脅威は中国の覇権である。現在、中露が協力しているのは、アメリカを念頭において敵の敵は味方だからであり、どちらにとっても苦し紛れに過ぎないと思う。
「引き分け」による領土問題解決の可能性
プーチンはそもそも北方領土で譲るつもりなどなかったという人もいるが、それは間違いである。プーチンが柔道の「引き分け」で解決しようと言ったのは、2013年のサンクトペテルブルクでの会談の時である(報道官ブリーフで使用)。
実際、プーチンには中国との間のウスリー川などの国境や、何か国も利害が絡み海か湖かでも揉めていたカスピ海水面の国境を引き分け発想で解決している実績もある。
安倍首相が現実的になれたのは、サンフランシスコ講和条約締結時には日本側も「国後・択捉は千島列島に含まれる」と思っていたが、日ソ交渉のときに、米国のダレス国務長官が交渉を妨害したい気持ちもあって、「米国は含まれないと解釈して条約を結んだのだから日本は譲るな」と言った複雑な経緯を理解していたからでもある。もちろん、ソ連は調印していないので、日本側が国後・択捉の返還を要求するのは不当ではない。
挫折と今後の日露関係への展望
クリミア侵攻後も、2016年にはソチでの会談で「新しいアプローチ」として極東の経済振興など8項目の協力が謳われた。そして、2018年のシンガポールでの会談では、日ソ共同宣言を元にするという二島返還で国後・択捉は継続交渉でまとまりかけた。しかし、そのあとブエノスアイレスでは後退してしまった。ひとつの原因は、返還したのち米軍基地ができたらロシアは面子が立たないので、つくらない保証をと言われて、安倍首相は米国との板挟みになり、プーチンも軍などを説得できなかったとも言われている。
そして、2020年には安倍首相が退陣。2022年にはウクライナ紛争が勃発した。私は、クリミア問題にせよ、ウクライナ紛争にせよ、日本はウクライナとは疎遠であり、ロシアとは領土問題もあり経済協力も不可欠だから、西側陣営の一員として基本的には歩調を合わせるが同じというわけにはいかないという立場であるべきだったと考えている。

プーチン大統領 クレムリンHPより
日露戦争ののち、日露関係はすこぶる順調だった。ヨーロッパへも、東京から敦賀まで鉄道で行き、ナホトカに渡り、シベリア鉄道がメインルートになった。伊藤博文が暗殺されたのは、ロシアとの話し合いのためにハルビンを訪問した時のことである。そうしたよい流れはロシア革命で断ち切られたのだが、いつの日か、日露がアジアで手を結ぶために、領土問題の最終解決をする英断に、双方が踏み切るべき時が来ることが望まれる。
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