大手商社を訪問して感じた日本の将来

大手商社を訪問

1996年3月に日本のトップ商社のひとつMC社を訪問させてもらった。実は、マドリードの同社支店から家具関係で協力して欲しいという依頼があったからだ。都内の本社を訪問して驚いたのは長い列になって商談室がたくさんあったが、同社の社員が訪問者と商談している時の姿勢が悪いという印象を受けた。

Yagi-Studio/iStock

「俺たちは世界でトップの商社だ」という誇りがそこでは自惚れのようになっていると筆者には見えた。商談している同社の社員は皆さん若い人たちばかりだった。かたや訪問者の方は結構年配の人が多くいた。年配者が若僧にペコペコしているように見えた。

筆者がスペイン留学時代から付き合いのある都内の親友のひとり前田さんは、長年同社に勤務していた商社マンだったが、彼の説明によると「上司は多忙過ぎて若い社員を教育する時間がない」と言っていた。

印象に残っている旭川の家具店

筆者の印象に残っている小売店としてKAN店がある。同店は後継者がおらず廃業された後も古尾谷社長とは個人的にお付き合い戴いている。旭川ではクラシックの輸入家具では一番手広く商いをされていた店であった。

同店の25周年記念だったか、50周年記念だったか今記憶が定かでないが、同店のお客様を同伴されてバレンシアまでツアーを組まれた。その受け入れを弊社の方でアレンジした。夕食ではレストランを借り切って、弊社の方でも筆者の友人で、当時バレンシア州議会議員だったウゲー氏に頼んで他に政治家も招待して晩餐会に参加してもらった。日本から参加戴いたKAN店のお客様の中には和服姿やチャイナ服を着て出席されて非常に格の上がった記念になる会食となった。

弊社の最も重要な顧客になる会社との繋がり

この帰国を利用してもう一つ重要な訪問を行った。日本の住宅メーカーのトップの1社の系列企業MD社への訪問であった。この会社との縁が出来たのはホームリングの木内編集長がMD社と何かの縁があって輸入家具を本格的に事業展開させたいという相談があったようだ。その際に木内さんの方から筆者のことを同社の担当者に紹介された。

最終的に同社とはスペインの家具メーカー3社とソファーメーカー1社のモデルを彼らが独占で販売することになった。さすが、彼らは日本の老舗企業だと筆者が感じたのは販売力の凄さであった。例えば、ソファーの一つのモデルを年間で300本近くを弊社から輸入したのである。

独占契約を結ぶのにMD社の社長と常務らがバレンシアを訪問された。そこで正式にスペインメーカー4社と弊社も加えて独占契約の署名が交わされた。その証人として筆者の友人ウゲーにも出席してもらった。当時彼は州政府の文部次官のポストに就いていた。

弊社がこの4社から買い付けし輸出するのであるから、弊社とMD社との間で独占契約をすれば十分であったが、筆者は敢えてメーカー4社と弊社を加えた5社でMD社と契約にするという形にした。その方がメーカーもより関心をもって協力してくれると筆者は考えたからであった。

またこの契約は新聞にも掲載してもらった。筆者がバレンシアの2大新聞社の記者を知っていたので彼らにそれを伝えたからだ。

同社との取引で気がついたのは担当スタッフが頻繁に代わるということだった。彼らの中には大学生の時に一級建築士の免許を取得しておりながら、輸入家具のカタログの作成をやっているということで、彼の有能な能力を無駄遣いしているように感じた。輸入担当者が代わるたびに筆者の方で最初からいろいろ説明させて戴いた。

只、残念ながらMD社とは3年半くらいしか取引は続かなった。同社のグループ企業の総元締めの企業が家具の輸入事業は採算ベースに乗っていないということで廃部にすると決定したからである。

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