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(前回:『「時代診断」の社会学』の「縁、運、根」)
2002年から研究叢書の刊行
1984年10月から2014年3月まで勤務した北海道大学文学部・文学研究科では、2002年度から研究科に所属する教授、准教授、講師、助教の研究成果をまとめた図書を年に1冊ずつ刊行してきた。
原則としては前年度夏の教授会の中で募集があり、翌年の3月には刊行されてきた。それに応募する際には原稿の骨子や目次を添えることが義務付けられているから、実際には前年度の春頃から準備する方が多い。
北海道大学出版会からの刊行
文学部・文学研究科が抱える哲学系、史学系、語学・文学系、社会学・心理学系のどの分野でも300頁の専門書の出版には「売れないだろう」という判断が先行するから、大手の出版社でもためらいが生じやすい。しかし、1冊あたりの刊行費を研究科がほぼ負担するとなると、事情が変わってくる。
大学出版会は大手出版社のように啓蒙書を出せるような編集者が揃っていないので、専門に特化した本づくりを執筆者の意見を入れながら、いわば共作するのである。
何しろ初版の出版費用の大半は研究科が引き受けてくれるのだから、赤字の心配もない。さらに、大学出版会らしい高度に専門的な本づくりが可能なので、12学部のうち複数の研究科の叢書が北海道大学出版会から毎年刊行されてきた。
定年退職の年に応募する羽目になった
ところで、2014年3月に退職が決まっていた私が、この叢書に応募するに至ったのは2013年の夏の募集に誰も応募しなかったからである。しかも秋の終りになっても応募者無しだった。
今年度の出版予算が使われないならば、来年度の予算計上に支障をきたすかもしれないとの話を聞いたので、研究科長に手持ちの原稿を出せるけれど、今からだと3月末は困難で、退職後の8月の刊行になるらしいと申し上げた。
結論的には3月までに完全原稿を入稿すれば、年度内の予算を使って8月刊行でも構わないということになり、退職前の慌ただしい期間だが原稿の体裁を整えてほしいという研究科長からの要請があった。
2か月で書き直す
それでほぼ完成していた手持ち原稿を総点検して、目次を詳細に作り直し、データを新しい年度のものに入れ替え、1月末までに全部を書き直した。
その際に北大勤務の総決算として30年前からの高齢化研究をまとめるのだから、実証研究を標榜してきた私としては、計量的方法とインタビュー調査記録との両方を併用した「アクティブエイジング」研究に焦点を絞ることにした。加えて本書を、当時厚生労働省が推進していた「健康日本二一」(第二次プラン)にも役に立つように位置づけ直した。

「健康日本二一」(第二次プラン)
このために医学や公衆衛生学だけではなく、「少子化する高齢社会」の「生活の質」にも直結するような
- 「一次予防」の重視と健康寿命の延伸、「生活の質」の向上
- 国民の保健医療水準の設定と健康増進事業の推進
- 国民の社会参加と健康へのアクセスの連結
- 老若男女個人の健康づくりを支援する社会環境づくり
という社会学的なテーマが浮上してきた。
文学部が受け持っている研究分野で厚生労働省の政策に関連する科目はほとんどないから、この機会を利用して、いくつかの社会調査を併用した現状分析をまとめ、そこから「健康日本二一」(第二次プラン)への政策提言に進むという7月24日に紹介した「社会診断」も合わせて試みることにした。
「健康日本二一」(第二次プラン)概念図
図1はその概念図であるが、「健やかで心豊かに生活できる活力ある社会の実現」、「生活の質の向上」、「社会参加の機会の増加」、「健康資源へのアクセス」などは立派な社会学的なテーマになると考えたので、その方向で原稿を修正した。

(出典)金子、2014:2.
4種類のデータを活用
表1は文学部や文学研究科での社会調査の講義や実習でいつも配布していた調査の比較表である。センサス(国勢調査)はもとより、厚生労働省や総務省の人口関連の統計、この連載でも繰り返し紹介してきた地方都市における住民基本台帳から500人のランダムサンプリングをして、調査票を作成し、学生・院生による訪問面接調査を実施して、調査結果の計量分析を行うという計量的「標本調査」による成果、そして質的調査と称される対象者の個人的インタビューによる事例調査も使おうと決心した。
表1に見るように、調査法にはそれぞれに長所と短所があるので、テーマに応じて使い分けるしかないからである。

表1 各種調査の性質比較
(出典)金子、2014:23.
書き溜めた未発表の原稿があった
それまで10年がかりで行った高齢者関係の調査データがあり、それらを使った未発表の論文が数篇あったので、質的調査と量的調査を活かしながら、独自の事例調査としてのインタビュー記録を挿入しながら、論文の書き直しを工夫した。
「口述の生活史」だけはやらない
ただ「事例調査」の一領域に、「口述の生活史」という方法による中野卓『口述の生活史』(お茶の水書房、1977)が出版されて以来、これもまた事例調査だという賛成意見とそれを否定する意見が社会学界に共存していた。
中野の方法は、「調査者と被調査者との人間どうしの付き合いを繰り返しながら聞き取りする中で、個人が主体的に語る自己のライフヒストリー(口述の生活史)を、録音機をもちいて客観的に捉える」(中野、2003:183)ものであった。
この『口述の生活史』は対象者の生の話をそのまま録音して、テープ起こしした後で、方言もその通りに文章に再現するものとして登場した。読んでみると、「話してくださった通りの話」(中野、1977:1)が再現されただけの本だったのである。
研究とは何か
若い頃から、「あらゆる科学の究極目標ないしその目的は、その素材を、ひとつの概念体系にまで秩序づけることにあり、この概念体系の内容は、経験的規則性の観察・仮説構成および仮説の検証によって獲得され」る(ウェーバー、1904=1998:148)として、得られた素材の秩序づけ、経験的規則性の観察、仮説検証などを心がけてきた私としては、その本は全く心外な構成であった。
なぜなら、一人の対象者の語りが300頁で再現される中で、中野の文章はわずか7頁しかなく、それを研究成果とは言えないと感じたからである。
普遍化・理論化への道筋がない
対象者の生の声を聴くことは『日本のアクティブエイジング』の事例研究法でも取り入れていて、精選した高齢者のライフストーリー18人分を掲載しているが、それは方言を交えた生の話のテープ起こしなどではない。
中野の方法は事例研究かもしれないが、その95%が単なるテープ起こしであり、理論化ないしは普遍化への道が示されず、何のために一人の人間の話を300頁分も印刷するのかが不明であった。
ライフヒストリーのテーマ別編成
それは生活史の実例ではあるが、何かの証明のエビデンスになるわけでもないから、私が本書に収録した方々のライフヒストリーには、(1)信仰と趣味が生きる張り合い、(2)加齢を楽しむ、(3)多忙な毎日は健康から、(4)家族が人生の支え、というようにテーマ別に編成した。
時も対象地も異なるが、聞き取りに要した数時間のノートとテープ起こしを丹念に読み直して、18人の対象者それぞれの貴重なライフヒストリーのダイジェスト版を作成して、匿名のかたちでそれらを掲載したのである。
大正期生まれの日本人によるアクティブエイジングの特徴
本文で紹介しえなかったインタビュー記録も参考にして、大正期生まれの日本人によるアクティブエイジングの特徴をテーマに合わせて整理しておこう。
- 友人:友人が最大の財産、自宅から外に出ないと、友人は得られない
- 家族:家庭が冷たいなら、新居も冷えてしまう、夫の死で地域のサークルが見えてくる、家族交流を優先すると地域交流は後回しになる、身体を動かして働きつつ、孫の成長を楽しむ、孫に会うのも旅行になってしまう
- 健康:元気な高齢者はますます多忙、身体を動かし、働くことが楽しい、淋しいから自分で忙しくする、働き好きで、病院は遠い世界だった、お金と健康と余暇が人生を楽しくさせる、多方面の興味が健康を促進する、仕事続きの人生では、筋目の日時まで記憶している
- 信仰:信仰が生きる張り合いを与える、信仰が能動的ライフスタイルの原点
- 趣味:俳句に打ち込む毎日、歳をとることで人生は悪くはならない、若い頃の老人像より老いた現在がずっとよい、高齢者の政治関心は強い、楽に歳をとれる社会システムを願う
「生き生きライフ」の見本
まるで「生き生きライフ」の見本のように思われる。大正時代生まれの80歳代の方々の人生は、太平洋戦争中の貴重な経験、戦後の混乱期、子育て期間と高度成長期の一致、低成長時代などにおける試行錯誤が語られていて、それらから得られた教訓とライフスタイルはまことに魅力的であり、私たちを圧倒する迫力を持っている。
これらもまた、中野「口述の生活史」への批判を込めてインタビュー記録から作成した。
WHOのアクティブエイジングのモデル図
さて、当時は世界的にアクティブエイジング(active ageing)が模索されていたので、WHOでも図2を公表していた。
上にはジェンダー(男女)、下側にはカルチャー(文化)が置かれ、中心に位置する「アクティブエイジング」を支える要素が右回りから「健康と社会サービス」、「行動決定因」、「個人決定因」「物的環境」「社会的決定因」「経済決定因」がお互いに連結している。

図2 WHOのアクティブエイジング関連のモデル図
(出典)金子、2014:105.
置かれた家族や職場の状況や時代それに個人の健康や考え方などにより、影響するアクティブエイジング要因はもちろん異なる。図2から自分の場合を想像して、実践することが望まれている。
サクセスフルエイジング
その他、同じような内容のサクセスフルエイジング(successful ageing)概念もよく用いられた。これは、「生きがいや満足感それに幸福感(ウェルビーイング)と評価される状態」を指す概念である(金子、2014:15)。
具体的には、①家族との良好な関係、②仲間の存在、③働くこと、④外出すること、⑤得意をもつこと、⑥趣味をもつこと、⑦運動散歩、などが含まれる。
グレイスフルエイジング
また、グレイスフルエイジング(graceful ageing)を使用する研究者もいた。これには社会的有用性、②過去からの継続性、③楽しみとユーモアの才、④自助、⑤関係性の維持などがあげられ、サクセスフルエイジングはこれらの複合という認識が示されることもあった。
最後にはポジティブエイジング(positive ageing)という概念も登場して、①できることは最初にやる、②暮らしをシンプルにする、③毎日を楽しむ、④コミュニケーションを保つ、が指摘されている(同上:15)。
個人の努力と社会環境の改善
そうすると、サクセスフルエイジングでもポジティブエイジングでも構わないが、社会全体の健康水準の改善には、高齢者個人のライフスタイルの変容とともに社会システムの側の制度の見直しが合わせて求められるようになる。それが「健康日本二一」(第二次)で図3が示された理由である。

図3 良好な社会環境の構築に向けた循環
(出典)金子、2014:13.
このテーマならば、社会学からの戦略としては「高齢者の生きがい・健康づくり」に特化した方が成功するという判断のもとで、高齢者の「生きがい」調査と理論化を進めた。
神谷美恵子の「生きがい」定義
そこで生きがいの考察に移る。経験的にみても生きがいにはいろいろな要素が絡み合っているので、おそらく一元的には規定できない。
神谷が指摘するように、「生の内容がゆたかに充実している感じ」(神谷、1966:21)が生きがいの重要な側面であり、「はっきりと未来にむかう心の姿勢」(同上:25)もまた不可欠であるとだけいっておこう。
全ての世代が「生きるよろこび」をもつ
本来生きがいとは全ての世代に求められる「生きるよろこび」なのであり、したがって職業の有無や健康状態を超えて存在するはずである。子どもの生きがいはもちろん高校生・大学生の生きがいもあり、専業主婦の生きがいも中年男性の生きがいもある。
ところが、日本社会では生きがいという言葉を特に高齢者に結びつけて使うことに対して、何の違和感もない。むしろこのような問題の立て方そのものに、日本の高齢者福祉行政の特徴があったといってよい。
生きるよろこび
「高齢社会対策大綱」(2024)では、65歳以上の就業者の伸びが20年間連続していること、ならびに60歳以上のうち約9割が高齢期にも高い就業意欲をもっている(:3)。
この就業はもちろん高齢者自身の「生きるよろこび」に直結する。それは「生きがい」として、高齢者の日々の暮らしを支える。
生きがい研究の成果
20年間に及ぶ「生きがい」についての調査票による独自の比較調査研究によって、確認できた私なりの結論もある。
- 「生きるよろこび」の軸は個人の生活・生存・維持、およびその個人的目的の遂行過程と達成を喜ぶ心情にある。個人が置かれた事情は異なるので、最大公約数的な生きがい要因しか示せない。
- 高齢者の生きがいは他者から与えられるものではないが、日本には中央政府や自治体による高齢者の生きがい対策があり、条件を整えようとするこれらの政策努力は受け入れる。
- 宗教心が強い社会や個人では、信仰そのものが「生きるよろこび」となるが、日本の高齢者に関していえばそれは極端に少ない。
- 宗教的背景が乏しい日本の高齢者は、就業など世俗的な日常生活において自力で生きがいを得ようとする。
「生きがい」の手段性と表出性
- 時代の特性としての多様性を受け入れた社会的価値に照らして、日本の高齢者は「生きるよろこび」の下位領域として手段性(instrumental)を重視して、「生きるはりあい」、「自己実現」、「アイデンティティ」などを求める。ここにいう‘instrumental’は道具的で手段的な特性を示し、‘expressive’とは表出的で自己顕示的な特性を表わすとしたパーソンズ(1951=1974)の用語である。
- 加えて、「生きるよろこび」の復活には、表出性(expressive)に富む自己肯定的な社会活動への参加、家族との交流、健康づくり、友人交際、趣味娯楽活動、得意分野の継続が有効である。
- 「生きるよろこび」は、日常的な自己の評価と未来を遠望した際の自己評価との一致度で得られる。
- 日常的肯定としての高齢者の「生きるよろこび」は、active ageing、positive ageing、productive ageingなどの類似概念に接合可能である。
これら8項目の理解から、生きがいを「生きるよろこび」とだけ定義して、「安定した私生活の中で、自分を活かし、人生の意味を確認して、自由な関わりの社会関係をもち、未来への展望が可能だと感じる意識状態」とする観点を堅持しておきたい。
高齢者の社会貢献
定年退職した高齢者世代は年金暮らしを余儀なくさせられる。しかし同時に、18人のインタビュー記録からも分かるように、その人生で蓄積されたノウハウは、実は隠れた価値の高い遊休資産でもあり、この社会的な有効活用の途を開拓すれば、社会貢献にも転用できる。
もちろんいざ年金受給者となってみると、社会貢献の意欲はあっても、具体的に何をどうしたらいいのか見当がつかないというのが多くの高齢者の実感であろう。かりに社会貢献活動を行うのなら、長年にわたる仕事の経験と磨きあげてきた能力を活かせるテーマに取り組みたい。ただその活動へのきっかけは一人ではみつかりにくいので、集団的に取り組み、自らが参加することで自分を活かせる社会貢献活動の事例を学べば、具体的指針が得やすい。
『老人』と『障害者』の同一視は解消されたか
とはいえほとんどの場合、そこでの高齢者は生きがい援助の対象であり、周りからの支援を必要とするとして位置づけられている。
要するに、高齢者は受け身の存在として前節の高齢者神話が該当するものとして認識識されて久しかった。薄れてはきたが、このステレオタイプの認識の延長線上に、「『老人』と『障害者』の同一視」(パルモア、1990=1995:178)を読み取ることは容易である。
光源としての高齢者
しかし、受け身どころか積極的な人生の実践者としての高齢者も多い。日本全国のたくさんの高齢者とインタビューしてライフヒストリーを把握する一方で、調査票による大量観察をして一番感じられたのは、自分をロウソクの光源としてみると、この光は近くを最も強く照らし出し、遠くにいくほど弱くなるとのべられる高齢者が多かったことである。
この場合もっとも身近なものはもちろん家族である。ところが、徐々に家族と同居できない高齢者が増えてきた。身近なロウソクとして輝き続けたくても、受皿としての家族規模が小さいか、家族とともに住んでいなければ、せっかくの光源が生かされない。加えて、「家族の個人化」を高唱するフェミニズム家族論者がいる。
近隣が高齢者の支えになる
ただこのような事情でも、光源は消えずに、家族を超えて近隣に届いていることは指摘しておきたい。町内会や小学校区などいわゆる狭い意味でのコミュニティがその光の届く範囲になる。
一人の高齢者にとって、家族と地域社会とは機能的には補い合う関係なのである。一人暮らしの人は一人ぼっちではなく、地域社会の中で支えられている。
ストリングスがストレングスの源
私は都市高齢者の生きがいを社会参加、友人交際、趣味娯楽、家族交流に大別してきたが、結局いえることはどれか一つの生きがい要因にこだわっていると、そこから二つ目の生きがい要因も見えてくることであった。「人は体験と人間関係に反応して、引き続き学び、変わり続ける」(Butler,1975=1991:469)のである。
個人がもつ複数のストリングスがライフスタイル全体のストレングスの源であることは、複数の都市高齢者調査で発見された命題である。
多世代間の共生の主役は高齢者
個人の生きがい追求と多世代間の共生をめざすことは、「少子化する高齢社会」が進行する21世紀における日本社会の目標の一つである。
岸田前内閣が出した『高齢社会対策大綱』でも、「年代を越えて、地域において共に生き、共に支え合う社会の構築に向けて、幅広い世代の参画の下で地域社会づくりを行える環境」(:5)の重要性が謳われている。
これまでの多くの「生きがい」研究から総合してみると、「一人称の生きがい」(専ら自分自身のために何かをする)、「二人称の生きがい」(家族・親族、友人等のために何かをする)、「三人称の生きがい」(他人と地域社会のために何かをする)があるとみなされる場合もあるし、学ぶ生きがい、遊ぶ生きがい、貢献する生きがいに三分割できることもある。
自分を生かす
「自分を生かす」こともまた生きるよろこびになり、同時に他人のためにもなるとみなす高齢者もいる。その延長線上に新しい経験や冒険を試みる高齢者が登場する。生活に少しだけ変化をつけるために、週3日の非正規雇用で働く高齢者も多い。就業しなくても、急激な変化は求めないが、パソコンにも取り組みたい、英会話を学びたい、ボランティア活動を行いたいというライフスタイルを模索する高齢者も少なくない。
ここでは、「社会的離脱理論とは裏腹に、年をとるほど社会的活動の重要性が増す」(フリードマン、1993=1995:84)という視点も可能であり、就業の有無に関わらずに、高齢者個人のライフスタイルの多様性もまた広がってきたとしておこう。
おもちゃドクターの事例研究
私が事例研究に選んだのは高齢者の「おもちゃドクター」活動であった。これは月に1回か2回の頻度で、家庭に放置されている壊れたおもちゃをほぼ無償で修理するサービスを指している。会員は北海道から九州まで「おもちゃ病院協会」として組織化されていて、公民館、市民活動センター、デパートのイベントなどを借りての活動である。箇条書きにしてその特徴を整理しておこう。

(出典) 金子、2014:196.
- 対象が子どもと母親であるから、三世代交流になる。
- 壊れたおもちゃの修理という成果を、目に見える形で実践できる。
- 修理できたという自分だけの達成感が味わえる。
- 無料もしくは格安の料金で修理されたおもちゃに、子どもが喜び、母親が感謝するという二重の元気の素を直接味わえる。
- 自己資金の持ち出し覚悟の本格的ボランティア活動になっている。
- 廃棄寸前のラジカセなどを手に入れて、それを分解して、修理の小道具である各種のネジやニクロム線を用意するので、廃物利用という「エコ」になる。
- これら小道具の調達をめぐり、シニア同士による情報交換コミュニケーションが増える。
- おもちゃドクター希望者がまとまれば、無料の講習会を現地で開き、仲間を増やせる。
複数の学生の卒論テーマになった
このような内容を北大の講義やゼミで話したら、それに関心を持ち、しっかり調査して卒業論文を書き上げた学生も数名いた。
私も本書の第4章で「高齢者の生きがいと社会参加」を論じたので、札幌市、東京都、佐賀県鳥栖市などいくつかの「おもちゃ病院」活動を調査して、その結果をまとめているので参照していただければ幸いである。
【参照文献】
- Butler,R.1976,Why Survive?-Being Old in America(=1991、内薗耕二監訳『老 後はなぜ悲劇なのか?』メヂカルフレンド社).
- Friedan,B.,1993,The Fountain of Age, Curtis Brown Ltd.(=1995 山本博子・寺澤恵美子訳『老いの泉』(上下)西村書店).
- 閣議決定,2024,『高齢社会対策大綱』(2024年9月13日).
- 神谷美恵子,1966,『生きがいについて』みすず書房.
- 金子勇,2014,『日本のアクティブエイジング』北海道大学出版会.
- 中野卓,1977,『口述の生活史』お茶の水書房.
- 中野卓,2003,『中野卓著作集1 生活史の研究』 東信堂.
- Palmore,E,B.,1990,Ageism,Springer.(=1995 奥山正司ほか訳『エイジズム』法政大学出版局).
- Parsons,T.,1951,The Social System,The Free Press.(=1974佐藤勉訳『社会体系論』青木書店).
- Weber,M.,1904,Die Objektivität Sozialwissenschaftlicher und Sozialpolitischer Erkenntnis.(=1998、富永裕治・立野保男訳 折原浩補訳『社会科学と社会政策にかかわる認識の『客観性』」岩波書店).
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