バブ・エル・マンデブ海峡という聞き慣れない地名が突然、世界の注目を浴びている。この海峡は、アラビア半島とアフリカを隔てる海峡で、紅海からアデン湾を通りインド洋に抜ける海峡である。

バブ・エル・マンデブ海峡の位置 google mapより
私もあまりこの海峡の名前を耳にしなかったのだが、『国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退』(さくら舎)を書いていて、この海峡が人類史でとても重要であることを再認識したところだったのである。
アラビア語で「悲嘆の門」を意味するバブ・エル・マンデブ海峡は、イエメン、エリトリア、ジブチが面し、海峡の幅は30kmほどである。海峡のイエメン寄りにはペリム島、反対側にはサワビ諸島(ジブチ領)があるのでさらに狭い。
しかも、タンカーなどが通るのは「東側の狭い海峡」(バブ・イスカンデル)である。ペリム島の「西側の広い海峡」は約25kmで海里換算で約13.5海里、水深が約311mである。それに対して、東側は約3.2km(約1.7海里)で、深さは約29mである。
タンカーなどの主要な航路になっているのは、この東側の狭い海峡である。というのは、西側は浅瀬が多く、季節風の影響を受けやすく、ソマリアの海賊に襲われるリスクも高いからである。

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旅客船の時代には、ポートサイド → スエズ運河 → スエズ湾 →(紅海)→ ジッダ → ポートスーダン → マッサワ(エリトリア) → ジブチ → バブ・エル・マンデブ海峡 → アデンというルートだった。さらに、コロンボ → シンガポール → 香港 → 神戸で終点だった。
現在では、海上原油輸送量の10%以上が通過することが知られているため、同海峡までもがイラン側の統制で封鎖されれば、国際エネルギー市場はさらに大きな打撃を受けるとみられる。バブ・エル・マンデブ海峡はイエメン、ジブチ、ソマリアに接しており、イランが直に統制権を行使するというより、イエメンの親イラン勢力フーシ派を通じて間接的に影響力を行使すると解釈されている。
この海峡がにわかに注目されたのは、25日にイランの準国営タスニム通信が軍事情報筋の話として「アメリカがイランの島、我々の領土のどこであろうと、地上で行動しようとしたり海上での動きでイランに被害を与えたりするなら、もう一つの戦線を開く」「バブ・エル・マンデブ海峡は世界の戦略的海峡の一つであり、イランは同海峡を威嚇する意志と能力をいずれも有している」としたからである。
イエメン内戦でペリム島を支配しているのは、サウジアラビアに支持された正統政府である。しかし、サヌアなどはイランに支持されたフーシ派が支配しており、海峡を通る船を脅かす力はあるし、イランからミサイルを飛ばせる距離でもある。
ところで、どうしてこの海峡が世界史的に重要かというと、約5~7万年前に、日本人も含めた現生人類の祖先が、アフリカからこの海峡を渡ってアラビア半島に移り、そこから世界各地へ散っていったからである。
そのころの気候は今より寒く乾燥し陸地が広かったので、紅海は狭く容易にアラビア半島へ渡れた。このころのアラビア半島の西部は適度な湿度があって、今日で言えばソマリアからタンザニアの高原地帯に似たサバンナ地帯でライオンや象もいた。
アラビア半島から北へ向かった人々はヨーロッパ人の先祖となった。インドへ行った人たちは東南アジアへ南下したり、ミャンマー、タイ北部、雲南省を通って中国をめざした。ヒマラヤの西側に広がるパミール高原から新疆ウイグルを経由し、北アジアへ達した人も少数ながらいた。
二万年ほど前の最終氷期には、インドネシアの島々はマレー半島と陸続きでスンダランドと呼ばれ、オーストラリアにも容易に渡れた。日本列島も大陸とつながり(朝鮮海峡は浅い海だったが北海道は大陸とつながっていた)、ベーリング海峡もなく、北アメリカ大陸にアメリカ先住民の先祖たちが陸橋を渡って行った。
ベーリング海峡やシベリア北部は狩猟の獲物も豊富で、季節によっては移動が容易だった。極寒の地の冬はすべてが凍り付くので動きやすかったが、中央アジアでは、現在のシベリア北部と同じように永久凍土がぬかるみがちで移動は難しかった。
しかし地球の温暖化が進み、日本列島は9000~8000年前に大陸から分離し、アメリカ大陸とユーラシア大陸も分離し、大陸だったスンダランドはインドネシアの島々になった。一方、のちにシルクロードと呼ばれる回廊が数千年前から徐々に通行可能となり、東西を結ぶ文明交流が可能になった。その代わりシベリア北部はぬかるんで通行が難しくなった。
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【目次】
第1章 文明の源流と民族奥亡が紡いだ古代ユーラシアの大地図
第2章 大航海、新帝国、革命が形づくった近代ユーラシアの再構築
第3章 ユダヤ・イスラーム・ギリシアの世界が形づくった中東の文明圏
第4章 ロシアとウクライナを形づくった千年の興亡史
第5章 インド文明を形づくった大地・民族・宗教の多層史
第6章 王朝・民族・地政学で読み解く東アジア世界の歴史構造
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