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筆者が問い続けた「病院という聖域」にヒビが入り始めた。
病院という聖域①:面会制限が守るものは、命か、それとも特権か


「病院という聖域」の堅固な壁に楔を打ち込んだのは厚労省だった。
厚労省が「言えない本音」を制度に忍び込ませた経緯
2025年10月20日、厚生労働省は事務連絡「医療機関における面会について」を発出した。コロナ禍で広がった面会制限をコロナ禍前の通常の面会方法へ段階的に戻すよう、医療機関に求める内容だった。5類移行から2年以上が経過しながら面会制限を続ける病院が後を絶たない現状に、厚労省がようやく公式に動いた瞬間だった。
しかし翌12月9日に公表されたR8改定の基本方針(社会保障審議会・医療保険部会)を読んでも、面会制限の文言は一切出てこない。方針文書の主眼は物価・賃金対応と地域医療構想であり、面会問題はまるで存在しないかのように扱われている。
そして2026年2月13日に答申された「個別改定項目」(全831ページの技術文書)の258ページ目に、それはひっそりと埋め込まれた。入退院支援加算の施設基準として「正当な理由なく面会を妨げないこと」「面会規定の策定・定期的見直し・患者および家族への周知」を義務づける要件が、他の改定項目に紛れ込む形で記載されていた(個別改定項目PDF・p.258)。
なぜこのような構造になるのか。答えは単純だ。厚労省は、コロナ禍において面会制限を「感染対策」として事実上推奨した側である。各都道府県・保健所・医療機関に対して制限を促す通知を繰り返した過去がある。今さら「面会制限をやめよ」と正面から命じれば、過去の政策との整合性が問われ、政治的・制度的な批判を招く。
だから厚労省は「診療報酬」という迂回路を使う。表立って禁止を解除するのではなく、「解除しないと加算が取れなくなる」という財務的インセンティブを仕掛ける。通達・通知ではなく点数設計で方向付ける——これが診療報酬という静かな規制誘導の本質だ。この要件が「望ましい取り組み」から「施設基準」へと格上げされたことで、指導・監査での立証は格段に容易になった。
東京都の実態が示す二極化
では、入退院支援加算はどれほど普及しているのか。筆者は東京都の届出受理医療機関名簿(令和8年2月1日現在、全13,835施設)を独自に分析した。
入院設備を持つ829施設のうち入退院支援加算を届け出ているのは341施設(41.1%)にすぎない。病院に絞ると算定率は53%まで上がるが、病床規模による格差は著しい(下表)。

出典:東京都届出受理医療機関名簿(令和8年2月1日現在)筆者分析
500床以上では92.5%が算定している一方、20~49床の小規模病院では16%にとどまり、精神病床主体の病院は22.1%だ。この構造は制度設計が急性期・大規模病院を主対象としていることを反映すると同時に、小規模・療養・精神科病院が面会改善の制度的圧力を受けにくいという逆説も示している。
形骸化した算定要件と惰性化リスク
入退院支援加算の要件は、退院困難患者のスクリーニング(原則入院から3日以内)、退院支援計画の家族への文書説明・交付、入院後7日以内の多職種カンファレンス、患者・家族との退院後生活の話し合いなど、家族との物理的接触を前提とする工程を複数含む。
コロナ禍(2020~2023年)、多くの病院は面会を全面制限した。家族が病棟に上がれない状況で「退院後の生活を含めた話し合いを実施した」と記録された件数は、一体どれほどあったのか。コロナ収束後も、その運用を改めないまま算定を継続したケースが相当数存在するとみるのが自然だ。
改定前は「支援が不十分だったかどうか」の立証はグレーゾーンだったが、改定後は「面会規定の書類が存在するか」という白黒のつく要件が加わり、構造が根本から変わった。
200床病院が抱える最大1億円のリスク
200床・急性期・加算1(700点)の病院を想定して試算する。年間約2,086人・1,460万円規模の算定収益がある。適時調査で施行後1年の未整備が露見した場合の返還規模は以下のとおりだ。

5年遡及が現実化すれば累積で1億円に迫る財務損失となる。地域連携診療計画加算(+300点)など関連加算の連鎖返還を合わせると損失はさらに膨らむ。年間収益1,460万円に対して返還リスクが最大6倍に達する——この非対称な構造が問題の本質だ。
「面会が一番楽」というインセンティブの逆転
なぜ病院は面会制限を続けるのか。感染対策だけが理由ではない。家族が来ないと「説明する」「同意を取る」「調整する」という手間が省ける。訴訟リスクや苦情対応の窓口も減る。面会禁止は現場の業務コストを構造的に下げる合理的な選択だった。
しかし診療報酬が変わった今、そのコスト計算は逆転する。面会規定の整備コスト(規定作成・職員周知・定期見直し)は数十万円規模だが、返還リスクは最大1億円に迫る。「面会禁止が一番楽」というインセンティブは、制度によって終焉を迎えつつある。
なぜ厚労省は動いたのか
背景の一端は中医協の議論から見えてくる。厚労省の諮問機関である入院・外来医療等の調査・評価分科会では、2025年に「面会制限はどうあるべきか」が入退院支援加算の論点として明示的に取り上げられた。
議論の焦点は「面会は単なる患者サービスではない」という再定義にあった。家族は退院後の介護の担い手であり、面会は退院先の調整・意思決定支援・介護力の把握を行う場でもある。面会制限はすなわち退院支援機能の低下を招く——この整理が分科会で共有され、制度化の論理的根拠となった。
では誰が最初に問題提起したのか。患者団体・人権団体の継続的な陳情か、厚労省幹部や族議員が面会制限の実害を身近で体験したのか、その端緒は公式には明らかにされていない。ただ確かなことが一つある。厚労省は自分たちが推進した政策の後始末を、正面突破ではなく迂回路——診療報酬——によって行おうとしているということだ。
全831ページの技術文書の258ページ目に「言えない本音」を埋め込む——この手法こそが、この問題の本質を物語っている。
病院上層部はこの改定を知っているか
筆者が病院とのやり取りや読者からの連絡を通じて感じるのは、病院の上層部がこの改定をまだ認識していない可能性が高いということだ。R8改定の目玉は診療報酬の大幅引き上げ(本体+3.09%)であり、経営側の関心はそこに集中している。
急性期病院一般入院料の新設、ベースアップ評価料の増点、物価対応料の新設——こうした収益増加の話題が医事課・経営企画の担当者の視野を占領している中で、全831ページ中の258ページ目に埋め込まれた面会規定という「コスト要因」は後回しにされやすい。
しかし適時調査は待ってくれない。施行から1年後の2027年度には調査が本格化する。「知らなかった」は返還免除の理由にはならない。面会規定の策定・周知を怠ったまま加算を算定し続ければ、収益増加分をはるかに超える返還リスクを抱えることになる。経営者・医事担当者がこの「258ページ」を今すぐ開くべき理由は、そこにある。
患者・家族が問える時代へ
患者・家族の側にも一つの問い方が生まれた。
「御院の面会に関する規定を見せてください」——その書類が存在しない、あるいは「作成中」という病院は、施設基準を満たしていない可能性がある。
制度の射程外に置かれた小規模・療養・精神科病院が面会改善の圧力を受けにくい構造は残る。しかし入退院支援加算を算定する病院に対しては今や「面会規定整備か、返還リスク負担か」という選択が突きつけられている。
厚労省の「言えない本音」を読み解き、患者・家族が権利として面会を取り戻す——それが今回の改定を最大限に活用することの意味だ。
※ 本記事はnote「令和8年 診療報酬改定 面会制限緩和が示す不都合な真実」を制度面から再構成した記事です。note記事には本記事では文字数の関係で掲載できなかった「入退院支援加算」が可能な病院の調べ方を掲載しています。
【データ出典】
東京都届出受理医療機関名簿(令和8年2月1日現在)
令和8年度診療報酬改定告示・通知(厚生労働省、2026年3月5日)
【参照】
厚労省事務連絡「医療機関における面会について」(2025年10月20日)
R8改定基本方針(2025年12月9日)
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