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(前回:漫画家による生成AI活用の最前線①)
①の講演に続くコメント・Q&Aについて、RIETI講演議事録 を筆者なりに要約(Q&Aについては抜粋)し、解説を加える。
DCAJ講演(2025年4月)も基本的にRIETI講演(2024年春)のアップデートだが、この1年間の最大の出来事はオープンAIが2025年3月に公開したジブリ風画像生成サービスなので、このサービスについて触れたDCAJ講演のコメントについても概要を紹介する。
まず、RIETI講演のコメントから、コメンテイターは栄藤 稔大阪大学先導的学際研究機構教授。
栄藤:(前略)効率化が進むことで漫画制作者の多様性が進み、ストリームラインの開発工程ができてくると、ユーザー生成コンテンツ(UGC)も含めて新しい漫画のエコシステムが発展していくのではないかと思います。
そうなると、今後はどのような新たなコンテンツが出てくるのでしょうか。すでに今グローバルに電子化が進んでいる漫画はどう成長していくのでしょうか。また、多言語対応や国境を越えたコンテンツ流通において障壁はありますか。
小沢:グローバルでは日本の漫画以外にも、韓国のWebtoon、米国のアメコミ、フランスのバンドデシネといった、いくつかの系統があります。日本の作家が描いたから日本の漫画のスタイルになるというわけでもなく、日本スタイルの漫画を描く外国の人も増えていますし、アメコミスタイルを描く日本人の方もいるので、もはや国境ではなくスタイルになっています。
文化の壁は意外と乗り越えています。例えば、「先生」や「先輩」という言葉ももはや英語として流出していますし、放課後に部活動があるという文化も案外受け入れられています。一方で、宗教やセクシャルな表現に関しては各国いろんな倫理観があるので、もしかすると今後ぶつかるところは出てくるのかなという気はします。
宗教やセクシャルな表現に関しては、今後ぶつかるところは出てくるとの懸念は要注意である。続いて、質疑応答から。
(前略)
Q:日本の漫画の国際競争力をどのように見ていますか。小沢:海外の本は開きが逆なので昔は海外出版の際に裏焼きしていましたが、今は日本の開きのまま出版していますし、文化としてもちゃんと伝わっています。今後も日本式の漫画は海外で戦っていけるものだと思っています。
Q:作品の映像化をめぐる権利の課題について、ご意見をお聞かせください。
小沢:多くの出版社で過去の事例を含めて真剣に検証され、対策が練られているところです。漫画と映像は別表現なので変えざるを得ないですが、体感では、アニメ化に比べて、ドラマ化・実写化で原作者の満足度が低い印象は受けています。これはおそらく芸能界特有の事務所の力関係や配役によるもので、昔はうまく機能していたのかもしれませんが、今の時代にはそぐわない状況になってきてしまっているのかなという気はします。
アニメ化に比べて、ドラマ化・実写化で原作者の満足度が低いとの印象に関連して、テレビ業界も関係する話だが、セクシー田中さん事件が思い出される。日本テレビ系でドラマ化された漫画「セクシー田中さん」の原作者で漫画家の芦原妃名子さんが、2024年1月末に自殺した事件。芦原さんは亡くなる数日前、自身のXで、原作がドラマ化で大きく改変されたとしていた。
「漫画家の「心を守る権利」はなぜ奪われるのか ドラマ化で原作改変される一番の原因」は、「ドラマ化で原作が改変される一番の原因は、テレビ局側と出版社側とのコミュニケーション不足にある」と指摘する。
以前、ネットフリックスジャパンの杉原佳尭ディレクター・公共政策担当から、エンタメ業界はコンサバだという話をきいたことがある。前職が同じ外資系でもグーグルジャパンだったので、そのギャップも感じたのかもしれないが、後述するとおり、政府はコンテンツ産業を基幹産業に位置づけようとしている。基幹産業とするにはこうした今の時代にそぐわない旧弊を一刻も早く打破する必要がある。
Q:なぜ漫画業界には漫画事務所、エージェント、組合のようなフリーのクリエイターの権利を守るものがないのでしょうか。
小沢:(前略)エージェントが普及しない原因の1つとしては、現場にお金が回っていないというのがあるかもしれません。
現場にお金が回る施策については文化庁でも検討中で、25年3月18日の文化審議会著作権分科会政策小委員会の資料3「令和6年度政策小委員会の審議の経過等について(案)」の別添資料1「DX時代におけるクリエイターへの適切な対価還元に係る これまでの議論及び今後の進め方について」が参考になる。
フリーのクリエイターの権利を守る法律として、24年11月から施行されたフリーランス法がある。フリーランスに仕事を発注する際、取引条件の明示などを義務付け、立場の弱いフリーランスを保護する法律である。
Q:日本の漫画が今後さらに発展するために政策に求めることはありますか。
小沢:漫画家が安心して漫画だけを描ける環境を整えてほしいというのは、まず大前提です。漫画の収入は原稿料と印税の大きく2つから成りますが、全体的に原稿料の底上げがあってもいいのかなとは思っています。昨年くらいからだんだん良くなってきてはいますが、そういった流れを押し上げるような政策をやっていただけると、非常にありがたいと思います。
政府はコンテンツ産業を基幹産業に位置づけようとしている。

確かにトランプ関税が世界を揺るがず中、関税障壁とも無縁なエンタメ産業は基幹産業の有力候補だが、基幹産業とするには拙稿「経団連の提言するコンテンツ省(庁)の新設が必要なこれだけの理由① ②」で提言したコンテンツ庁の新設のような抜本的な政策も必要である。
Q:オリジナル作品を作ったクリエイターが権利を主張でき、支払われるような仕組みはできないのでしょうか。
栄藤:技術的には非常に難しいです。たくさんの人が参加してコンテンツを作れるような社会にしていくのか、それともクリエイターの権利を守っていくような世界にするのか、この両立をどうやって図るかという話で、AIで作ったことを明示するか否かという、倫理的な社会の設計に落ちていくのだと思います。
小沢:僕はAIを使ったことを明示する必要はない派ですが、追加学習の部分に関しては、権利を主張できる時代がそんなに遠くない未来に来ると思います。元のところからやるのは仕組み上難しい気がしますが。学習の対価に関しても、基金的なものを作って、漫画業界全体あるいはクリエイター全体のために還元する形が現実的な落とし所だと思います。
以上でRIETI講演の紹介を終え、DCAJ講演の紹介に移る。講演では小沢氏のプレゼンに先立って、ジャーナリスト/専修大特任教授の松本淳氏が「生成AIをデジタルコンテンツ制作にどう活かす?」というイントロ講演をした。小沢氏のプレゼン内容と共通する部分もあるが、概要は以下のとおり。
- 「〇〇」風は私的使用のための生成(複製)であれば著作権侵害には当たらないが、既存の著作物との「類似性」および「依拠性」が認められるAI生成物を公表 販売する場合は、利用許諾が必要。
- 著作権侵害か否か、という問題の他にも倫理的な問題、パレスチナとの争いでイスラエル軍を美化するような投稿にジブリ風の絵が用いられていたり、とても作家にリスペクトがあるとは思えないような使い方がされている。そこは著作権とは別に問われるべき問題。
- とはいえ自分の専門分野のアニメでも人手不足、原作不足、競争環境の激化などで、生産性が求められる環境で、生成AIを活用しない選択肢はないが、 現状の生成AIによる「一発出し」では、著作権侵害や 模倣を指摘されるなど クレームの恐れもある。商業的にはクオリティが十分ではない。
- 製作工程のどの段階でどのように活用すれば クオリティを担保しつつ、生産性が上がり、諸課題を解決できるのか伺いたい。
などと述べて、小沢氏の講演につないだ。
イスラエル軍の戦争を美化するようなジブリ風画像は①で紹介したが、ホワイトハウスの投稿も批判を浴びた。有罪判決を受けて強制送還されたドミニカ出身の女性が、不法に再入国を試みて逮捕される姿のジブリ風画像だが、「本当にホワイトハウスのアカウントなのか」などと批判するコメントも寄せられた。
https://t.co/PVdINmsHXs pic.twitter.com/Bw5YUCI2xL
— The White House (@WhiteHouse) March 27, 2025
続いて、小沢氏が①で紹介した1年前の講演をアップデートする講演を行った。講演後のQ&Aについては、「チャットGPTが巻き起こした『ジブリ旋風』の光と影」のとおり国会でも質問されるなど、肝となる著作権関連のQ&Aを①で紹介ずみなので割愛する。