日本人の9割は弥生人だが皇室は縄文系という可能性

誤解だらけの韓国史の真実 改訂新版』(清談社、2025年5月4日発売)の刊行を機にした、日韓関係史の基礎知識の第13回。

前回『殷の滅亡による民族移動で日本人と韓国人は生まれた』では、日本語と朝鮮語のルーツは、3000年前に殷王朝の滅亡の煽りで遼寧省西部に住んでいた民族が南に移動を強いられて、朝鮮半島南部や日本列島に移住したものだと書いた。

ただし、それは日本人の先祖の大半がその民族であることを意味しないし、朝鮮民族と日本民族が同じような遺伝子の組成であることも意味しない。

日本人の先祖で縄文人の占める割合は、研究が進むにつれて小さくなり、ヒトゲノム分析では10%程度ではないかとも言われている。その一方、Y染色体についての研究を重視する人はもっと縄文人比率が高いとも言うのだが、なぜそういう分析結果が出るのかは謎だ。そこで、皇室など支配層が父系では縄文人だからという人もいるが、ありうるのだろうか。

天皇皇后両陛下と愛子さま 宮内庁インスタグラムより

一般に父系に着目した場合に、DNA全体に比べて著しい差が出ることがある。たとえば、移民はアメリカ大陸が典型だが、男性が多く、現地の女性を妻や妾として子をなす場合が多くある。

また、アメリカでは男性の奴隷保有者が女性の奴隷に子どもを産ませることが多く、逆は少なかったので、父系にだけ着目すれば、アメリカの黒人の大きな部分がアングロサクソンを先祖にしている。

その意味で、日本人の先祖が全体としては、縄文系が10%強、3000年前に遼寧省からやってきた部族が4割弱、2300年前以降に大陸からやってきた人たちが5割くらいというゲノム分析に対して、Y染色体では4割程度も縄文人かもしれないというのは珍しい現象である。

そこで、もしかして、皇室や藤原氏の男系男子がいきつくところが縄文人だったのではないかという可能性があって、これは仮説というレベルでならありうる話だ。ただ、皇室やお公家さん系はおしなべて典型的な弥生人的な見かけなので腑に落ちないところでもある。

研究が進むほど縄文人比率が下がっている

  1. 古代ゲノムの実測データが増えてきたため
    以前の推定は、形質人類学(頭骨の形など)や現代日本人のDNAからの間接的な推定に頼っていたが、縄文人や弥生人の遺体からDNAを抽出・解析する技術(古代DNA分析)が向上し、正確なモデルが構築できるようになっている。

  2. 弥生人(大陸系)の流入が予想以上に大規模だった
    その結果、近畿~北九州では、想像以上に大量の移民が中国江南地方から朝鮮半島南部経由でやってきて、それが日本人の主たる先祖だということが分かってきた。

つまり、「縄文人に長い間をかけて弥生系が混ざっていった」のではなく、大規模な人口置換があったということが確定的になった。

しかも、この考え方の欠点は、日本語が弥生人より早い時代に朝鮮語と分かれているらしいということをどう説明するかが難点だったが、三段階説の登場により、3000年前に第一波の弥生人がやってきて原始農業と日本語をもたらしたことが確実になり、解決した。

  1. ゲノム全体の解析では弥生系成分が支配的
    現在の日本人のゲノム全体(常染色体)を基準とすると、縄文人由来の割合は10%程度のようである。

 どうして「Y染色体では縄文人由来の割合が高く出る」のか

Y染色体は父系で伝わってくる。縄文系の特徴とされるハプログループ「D1a2a(旧称D2)」は、現代日本人男性のおよそ30~40%が保有している。もちろん、Y染色体の分析はゲノム分析のように安定した評価ではない。

しかし、全体では10%余りなのに、父祖が30~40%縄文系というのは、いささか異常な数値である。もし、縄文人が弥生人を征服したというなら分かるが、逆はあってもこちらはありえない。

となると、考えられるのは三つである。

ひとつは、皇室。二つ目は藤原氏。三つ目は三河武士である。

皇室は神武天皇からの万世一系をとなえている。古代から平安時代初期にかけて多くの男子が臣籍降下し、源氏や平氏になっている。ただし、平安時代中期以降は出家する者が多くなった。

藤原氏も多くが公家になり、下級公家の養子にも送り込んでいる。ただし、後陽成天皇の子が近衛・一条、閑院宮から鷹司に養子が入っているので、それらは皇室系の父祖である。

足利や徳川は清和源氏を名乗っているが、徳川については確実ではない。また、全国の大名の半分は三河、7割は東海地方と近江である。また、それらの大名の家臣の多くも愛知県ないしその周辺の出身である。

したがって、日本人の血の中に広く清和源氏であるかどうかは別として、三河武士の血が流れている可能性はある。

したがって、皇室・藤原氏・徳川(松平)家の先祖たちのいくつかが縄文系であることが、この謎の解決をもたらすかもしれない。

ただし、皇室・藤原・徳川の子孫たちはどう見ても弥生系の姿形をしているので、父祖が縄文系であってもDNA全体としては弥生系が主であることは間違いない。


誤解だらけの韓国史の真実 改訂新版

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