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(前回:病院という聖域⑬:専門家の暴走と歪められた政策判断)
本連載ではここまで、病院、行政、専門家、政治、メディアがコロナ禍でどのように権限を拡大し、責任を曖昧にしてきたかを論じてきた。
しかし、構造を下から支えた主体がもう一つある。国民自身である。
耳障りのよい言葉ではない。だが、国民は一方的な被害者であっただけではなかった。情報の非対称の中で構造に巻き込まれた被害者であると同時に、その構造を日常の行動によって支えた共犯者でもあった。
空気に従うことの合理性
コロナ禍で多くの人々は、感染リスクを冷静に比較して行動したのではなく、周囲との一致を基準に行動を決めた。
マスクを外さない。県境を越えない。病院で面会を求めない。店の時短に異議を唱えない。
それは臆病だったからではない。個々人にとっては合理的だったのである。
空気に逆らえば非難される。職場で浮く。SNSで叩かれる。近隣との摩擦が起きる。信念を表明することのコストが、従うことのコストを常に上回るなら、従う方が合理的になる。
問題は個々人の合理的判断それ自体ではない。一人ひとりの合理的行動が積み重なった結果、社会全体として不合理な状態が長く維持されたことにある。接種政策について論じた「病院という聖域⑫:接種ありきのコロナワクチン政策「設計思想」を問う」で「合成の誤謬」として示した構造が、ここでも働いた。

同調圧力という分散型権力
日本の同調圧力は、誰か独裁者が命令する仕組みではない。
行政が要請する。専門家が警告する。メディアが煽る。そして市民が互いを取り締まる。
この構造の厄介さは命令者が不在であることだ。誰も命じていないのに、全員が従う。誰も責任者ではないのに、全員が加担する。
「病院という聖域⑪:なぜ日本だけがマスクを外せなかったのか(後編)」で「命令なき強制」として論じた構造は、マスクや面会制限に限らず、コロナ禍全体を貫く作動原理だった。中央集権的な権力より、むしろ強固である。追及すべき主体が存在しないからだ。

「自粛警察」という制裁の代行
コロナ禍では、営業する店舗への嫌がらせ、県外ナンバー車への攻撃、マスク未着用者への威圧が広く観察された。
これを個人の攻撃性の問題に還元すると、構造は見えなくなる。重要なのは、それが成立する条件である。
行政は法的強制を避け、「お願い」の形で社会的期待を発した。専門家はリスクを断定的に伝え、メディアは懐疑を封じた。この状況下で、市民が「周囲を取り締まる」行動に出ることには、三重の機能的利得があった——(1)自らの従順さを公に示す、(2)逸脱者を排除することで自らの判断の正しさを補強する、(3)誰からも咎められない。
本来、自由を制限するなら法的根拠と責任主体が必要である。しかし、国家が明確な強制を避け、その代わりに世論と空気が私的制裁を代行する構造が形成された。
病院の面会制限もそうだった(病院という聖域①:面会制限が守るものは、命か、それとも特権か)。店の営業自粛もそうだった。帝王切開における意思決定もそうだった(病院という聖域⑧:コロナ禍の帝王切開は医学的理由だったのか)。
「政府はお願いしただけ」「現場判断だった」「皆が望んでいた」。こうして強い制限だけが残り、責任者だけが消えた。
異論を不可視化する空気
異論が「間違っているから退けられる」のではなく「存在しづらいから可視化されない」という現象が、この構造の核心にある。
排除を実行した主体は存在しない。誰かが意図的に封じたわけではなく、社会の空気が異論を不可視化した。批判的な言説に対して個々人が距離を取り、メディアが取り上げず、SNSで袋叩きにされる——その連鎖のどこを切り取っても、「排除の決定者」は見当たらない。
これもまた命令なき強制の一形態である。
おわりに
国民は騙された面もある。情報は偏り、恐怖は煽られ、異論は封じられた。その意味で被害者である。
だが同時に、沈黙し、従い、時に他者を取り締まり、構造を支えた。その意味で構造の共犯者でもあった。
この事実から目を背ければ、同じことは必ず繰り返される。行政、専門家、メディア、政治、そして国民——そのどの層にも責任が生じない構造こそ、改めるべき対象である。
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【次回予告(最終回)】
責任不能社会をどう壊すか
本連載を通じて浮かび上がったのは、個別の誤りではなく、責任が発生しない構造そのものである。最終回では連載全体を総括するとともに、この構造を壊すための五つの提言を示す。
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