病院という聖域(番外編):厚労省は日赤に舐められているのか

日本赤十字医療センターHPより

6月1日、令和8年度診療報酬改定が施行された。今回の改定で厚生労働省は、入院患者への家族等の面会について、感染対策等の正当な理由なく妨げてはならないという方向を診療報酬上に明記した。

面会は患者の療養生活の質や尊厳の保持だけでなく、円滑な退院支援にも関わる。コロナ禍以降、医療機関で漫然と続いてきた面会制限に対し、厚労省がようやくブレーキをかけた形である。

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ところが、その施行日に、日本赤十字社医療センターは別のメッセージを出した。

5月27日付のお知らせで、国内および都内において麻しんの報告が増えているとして、5Aウィメンズケアユニット、5B周産母子ケアユニットの個室以外における未就学児の面会を、2026年6月1日から「当面の間禁止」と告知したのである。その他の病棟の面会制限もそのままに、更に制限を追加した格好だ。

もちろん、麻しん対策を否定しているのではない。麻しんは感染力が強く、空気感染も問題になる。新生児や妊産婦が関わる周産期領域で、通常病棟より慎重な感染管理が必要になる場面はある。

しかし、問題は「麻しん」そのものではない。問題は、厚労省が「正当な理由なき面会制限はやめよ」と診療報酬改定で示したその初日に、日赤医療センターが感染症名目の新たな面会制限を開始したことである。

これは偶然なのか。それとも、感染症名を掲げれば制限は続けられると判断したのか。厚労省の施策に公然と反旗を翻す。少なくとも、そう疑われても仕方のないタイミングである。

比較すべき事例がある。愛育病院である。

同じ都内で母子医療を担う愛育病院は、麻しん流行に伴う面会制限について、5月22日に終了を告知している。理由は明確だった。東京都の週別報告数が減少傾向にあり、4月中旬頃と比較して流行時の緊急性が低下している、というのである。

これは極めてまっとうな対応である。感染症を理由に面会を制限するなら、流行状況を見て開始し、流行状況を見て解除する。制限には入口だけでなく出口が必要だ。

ところが日赤医療センターは逆である。東京都の麻しん報告数がピークアウトした後、しかも診療報酬改定の施行日である6月1日から、個室以外の未就学児面会を「当面の間禁止」とした。愛育病院は麻しん報告数の減少を理由に制限を解除した。日赤医療センターは、同じ麻しんを理由に、6月1日から新たな制限を始めた。この対比は重い。

報告数の推移をグラフ化すると、不自然さはより分かりやすい。国立健康危機管理研究機構の速報では、全国の麻しん報告数は第17週頃に山を作り、その後は低下している。東京都感染症情報センターの受理週別報告数も同様に、第17週頃にピークを作り、第18週以降は大きく低下している。つまり、6月1日、すなわち第23週開始時点は、急拡大への即応というより、ピークアウト後の制限開始に見える。

図 2026年 麻しん報告数の推移(全国・東京都)

ここで問われるべきは、麻しんという病名ではない。なぜ未就学児一律なのか。MRワクチン接種歴の確認では足りないのか。症状や接触歴の確認では不十分なのか。短時間面会、個室限定、面会場所の分離、時間帯分離など、より緩やかな手段は検討されたのか。そして、都内報告数がどの水準まで下がれば解除するのか。

この説明がないまま「当面の間禁止」と言われても、それはコロナ禍で見慣れた無期限無制限の別名でしかない。今回の診療報酬改定は、まさにそうした漫然とした面会制限を是正するためのものだったはずだ。

問題が深刻なのは、日赤医療センターが単なる一民間病院ではないからである。日本赤十字社は全国に病院ネットワークを持つ巨大医療組織であり、皇后陛下を名誉総裁に、複数の皇族方を名誉副総裁に戴く、極めて公共性の高い団体である。

もちろん、個別病院の運営責任を皇室に問うものではない。むしろ逆である。皇室の名誉職を戴くほどの公共的信用を背負う組織だからこそ、患者と家族を切り離す運用には、通常以上に厳格な説明責任が求められる。

さらに看過できないのは、日赤本体に厚労省OBがいることである。公開資料によれば、副社長の鈴木俊彦氏は元厚生労働事務次官であり、理事にも厚生省出身者がいる。いわゆる天下りを正当化する理屈があるとすれば、それは行政との橋渡し、制度理解、コンプライアンスの徹底であるはずだ。

日本赤十字社:役員一覧

では、厚労省OBは何をしているのか。

厚労省が診療報酬改定で面会制限の是正を打ち出した。ところが、厚労省に最も近いはずの公的医療ネットワークで、その初日に感染症名目の面会制限が再構成される。これでは厚労省は、病院に舐められているのではないか。または、仕事をしていないと言うべきか。

いや、より正確に言えば、舐められているのは厚労省だけではない。患者と家族である。

厚労省は「改定しました」「通知しました」で終わってはならない。入退院支援加算を算定する病院については、面会規定の有無だけでなく、発動基準、対象範囲、代替手段、解除基準、院内掲示の内容まで確認対象にすべきである。とりわけ日赤のような公的性格の強い医療機関が、感染症名目で面会制限を続ける場合には、厚生局が具体的に説明を求めるべきだ。

必要な感染対策は必要である。しかし、感染症名は免罪符ではない。患者と家族を引き離すなら、数字を示し、範囲を絞り、代替手段を説明し、解除条件を明示すべきだ。

厚労省は本気なのか。本気なら、日赤医療センターに問うべきである。この制限は、改定趣旨に照らして必要最小限なのか。なぜ6月1日開始なのか。なぜ愛育病院は解除し、日赤医療センターは開始したのか。解除基準は何か。

それを問えないなら、厚労省の面会制限是正は初日から空文化したことになる。日赤医療センターの6月1日ルールは、単なる一病院の面会案内ではない。厚労省のガバナンスが本物か、それとも病院に舐められるだけの紙の改革かを測る試金石である。

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