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令和8年度診療報酬改定で、入院基本料等の通則および入退院支援加算1〜3の施設基準に、面会制限に関する新規定が盛り込まれた。施行日は2026年6月1日。残された時間はもう1か月を切っている。
しかし筆者の見るところ、多くの病院がこの改定の意味するところを正確に把握できていない。改定の中心は800ページ超えの告示・通知の集積であり、面会規定はその中の数行に過ぎない。経営陣は基本料の点数や加算の算定要件に注意を奪われ、「面会の話」は医事課の机上で止まる。現場の看護部や診療部に降りてこない。
アゴラに寄稿している岩井一也医師の所属先、静岡市立静岡病院は、いち早く「面会方針」を策定・公表した数少ない例といえます。同院のような対応をとる病院は、いまだ全体の一部に過ぎません。

本稿は、この改定が病院の現場とガバナンスに何を突きつけているのかを整理する。家族側の交渉術については本シリーズで既に論じた。今回は反対側、すなわち病院側からの視点である。
※文末に病院として用意すべき文書のテンプレートへのリンクを用意しています。
「うちは加算を取っていないから関係ない」は誤りである
実務担当者の中には、「うちは入退院支援加算を算定していないから関係ない」と理解している者がいる。これは誤りである。
R8改定で、面会に関する規定は二段階の構造で導入された。入退院支援加算1〜3の施設基準には義務規定として、「感染対策等の正当な理由なく、家族等による面会を妨げてはならない」「やむを得ず面会の制限を行う場合であっても、当該制限が必要以上に厳格なものとならないよう配慮する」「面会に関する規定を策定し、定期的に見直すとともに、その内容を病棟等の見やすい場所に掲示して患者・家族に周知する」と明記された。
入院基本料等の通則には努力義務として、ほぼ同等の内容が盛り込まれた。つまり入院基本料を算定する全ての病院、有床診療所を含めて、面会規定の策定の射程に入った。加算非算定病院は努力義務だが、これは「やってもやらなくてもよい」という意味ではない。努力義務として導入された規定が次回改定で義務化された例は、過去の改定で繰り返し見られる。
そして、令和8年10月20日の厚労省事務連絡から始まった一連の流れは、「面会制限の常態化を解体する」方向で一貫して設計されている。「うちは加算を取っていないから関係ない」という認識は、次回の改定で梯子を外される。
病院が整備すべき文書は三層構造になる
施設基準への適合を実地指導や監査の場で立証し、家族からの問い合わせに組織的に応答するために、病院が整備すべき文書は三層構造になる。
第一層は患者・家族向けの公開文書である。病棟掲示・ホームページ・入院案内に同梱される、面会の基本方針を周知する文書。施設基準が「病棟等の見やすい場所に掲示」と明示している以上、これは選択ではなく要件である。
多くの病院がここで陥る失敗は、簡易版の掲示物だけで済ませることだ。簡易版だけでは「なぜこの制限が必要なのか」という個別質問に答えられない。簡易版(掲示用)と、詳細版(入院案内・PDF配布用)の二段構成が必要になる。
第二層は職員向けの内部規程である。「いつ、誰が、どのような根拠で、どこまでの範囲で、いつまで」面会制限を行うかを規律する内部文書。ここが最大の難所となる。
コロナ禍以降、多くの病院で面会制限は「現場の判断」「病棟の自主ルール」として運用されてきた。これを組織としての判断に格上げし、議事録・決裁・見直しサイクルを伴う形に再構築しなければならない。施設基準が求める「定期的な見直し」は、見直したという事実が記録に残らなければ、実地指導において立証できない。
第三層は実地指導・監査・説明対応用のQ&Aである。実地指導員からの質問、家族からの照会、メディア対応、いずれにおいても、共通の根拠と用語で説明できる「組織としての答え」が必要になる。担当者ごとに説明が違えば、それ自体が制度未対応の証拠になる。
「業務上の都合」を規程に書いてはいけない
院内規程を作るときに必ず議論になるのが、業務負担の扱いである。
現場の本音としては、「家族対応に時間が取られる」「ナースステーション前が混雑する」「クレーム対応の負担が増える」といった理由で面会を絞りたい、という声がある。これを規程に書き込みたい誘惑が生じる。
しかし、これを根拠として明文化することは、施設基準上、致命的に不利である。
R8改定の条文構造、および疑義解釈(令和8年3月23日・その1)医科問8の整理から読み取れる「正当な理由」は、原則として感染対策上の必要性に限定される。業務上の都合や組織内部の慣例は、ここに含まれない。業務負担の軽減は、制限の正当化根拠ではなく、別の手段、すなわち人員配置・面会予約システム・家族対応のフロー化などで対処すべき経営課題である。これを文書上で明確に切り分けないと、実地指導において「業務上の都合で制限している」と読み取られかねない条文を、自ら証拠として提出することになる。
「同時面会は2名まで」を規程に残すリスク
「同時面会は2名まで」「面会は1日1組まで」——こうした人数制限を、コロナ禍以降の運用として残している病院は多い。しかし、疑義解釈に、人数のみを理由とした制限を肯定する記載はない。
もちろん、病室の物理的環境(4床室で他患者の安静が保てない等)や感染状況に基づく個別判断として、結果的に人数を絞ることはあり得る。これは「人数のみを理由とした一律制限」とは別である。問題は、規程に「同時面会は何名まで」と書き込み、根拠なく一律運用することである。これは施設基準が想定する「必要以上に厳格でない範囲の制限」を逸脱しうる。
実務的な解は、規程上は人数を一律に決めず、個別の状況に基づいて現場で柔軟に調整し、調整を求める場合は理由を家族に個別に説明することである。これは家族への過度な配慮ではなく、施設基準への適合のための実務である。
警報解除後の継続をどう設計するか
実務上、最も判断が難しいのは、自治体のインフルエンザ警報等が解除された後も、引き続き面会制限を継続するか否かである。
施設基準と疑義解釈の整理からは、原則として警報解除をもって面会制限も解除が筋になる。ただし、警報解除直後にすぐに無制限に戻すのはリスクがある、という現場感覚は理解できる。
ここで重要なのは、継続するか否かではなく、継続する場合の手続きである。継続を可能にするためには、感染対策委員会で継続の必要性と根拠を協議し、病院長が最終決裁し(継続期間と見直し時期を明示)、議事録に根拠を記録し、患者・家族に継続理由と期間を周知する。このプロセスを経ているか否かが、施設基準適合性の分水嶺になる。
「なんとなく不安だから」「念のため」という理由での継続は、組織判断ではなく現場判断であり、規程違反である。自院にガバナンスが存在しないと自白するに等しい。
継続の客観的事由として実務上想定できるのは、職員の過半数が罹患し医療提供体制に重大な支障が生じている場合や、特定の病棟で院内感染の集積が確認され再拡大リスクが高い場合などである。逆に言えば、こうした客観的事由が存在しないにもかかわらず継続している場合、制度上の説明は困難になる。
家族交渉と病院対応は対立構造ではない
本シリーズで論じてきた家族側の交渉術と、本稿で扱った病院側の整備課題は、対立的な関係ではない。
家族側はR8改定を踏まえて「正当な理由は何か」「規定はあるか」「定期的に見直されているか」を問うようになる。病院側はそれに耐えうる文書群と運用体制を整える。このやり取りが両者にとって生産的に機能するためには、共通の語彙と根拠が必要になる。
家族が、感情論ではなく施設基準と疑義解釈に基づいて問う。病院が、慣例や現場判断ではなく、組織としての判断と記録に基づいて答える。この組み合わせが成立して初めて、面会をめぐる対話はコロナ禍以来の「言った言わない」「お願いと拒絶」の応酬から脱却する。
R8改定が目指したのは、この水準の議論が成り立つ前提条件の整備である。施行までの残り1か月、対応を医事課の机上に留め置けば、6月1日以降の家族からの問いに、現場は組織としての答えを持たないまま晒される。それは法令違反のリスクである以前に、組織への信頼の問題である。
コロナ禍を通じて、面会制限は「現場の不安」と「組織の沈黙」の合成によって常態化した。その合成を解体するための工具一式を、改定は粛々と差し出している。あとはそれを取りに行くか否か、という話に過ぎない。
各病院が整備すべき四部構成の院内文書テンプレート——患者向け簡易版・詳細版、職員向け内部規程、説明対応Q&A——は、筆者のnoteで配布している(「面会制限緩和に対応する病院のための実務ガイド」)。各病院の実情に応じてカスタマイズして利用していただきたい。
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