米大統領選の投票日は憲法で11月の最初の月曜日の後の火曜日と定められている。持って回った表現だが、これには日本とは異なる米国社会の特徴が現れている。その一つは宗教であり他はその広い国土だ。日曜は礼拝の日、翌月曜も馬車での移動日として考慮せねばならない事情があってこうなった。
その投票日が遂に来る。記憶を頼りに振り返ると、何といってもコロナ禍に襲われた4年前は投票所での投票が憚られたために不正選挙が行われ易い状況にあった。すなわち、郵便投票や投票箱を使っての投票が激増、老人施設などから投票用紙を収集して投票所へ持って行くハーベストなども横行し、ドミニオン社の電子投票機に纏わる不信も増幅した。
加えて接戦7州のうちノースカロライナを除く6州で獲得選挙人を僅差で総取りされた共和党陣営には、トランプは元より上下両院の議員にも不正を訴える者が少なかった。テキサス州に至っては12月、接戦州でのいくつかの選挙に不正があったとして最高裁に訴えた。テキサスでは共和党が勝ったのに、接戦州での不正選挙によってトランプが選ばれなかった結果、テキサスの民意が反映されなかったという訳である。
その最高裁判事9人は、退任直前に押し込んだエイミー・バレットなどトランプが指名した3人を含め共和党大統領の指名者が6人を占めていた。が、最高裁はこれを門前払いし、各州で共和党側から起こされた裁判でも多くのケースで棄却や敗訴となった。が、トランプは負けを認めずに「選挙は盗まれた」と支持者に向けて訴え続け、これに賛同した支持者らが21年1月6日に議事堂襲撃を引き起こした。逮捕者は1千数百人に上り、4年が経とうとする今も数百人が入獄中、逮捕も続けられている。
この事件にペロシ下院議長は下院に、9・11事件を模してJ6特別委員会を設けた。民主・共和同数の委員であるべきところ、ペロシは共和党が推薦した数名を排除し、トランプ弾劾で賛成票を投じたリズ・チェイニーとアダム・キジンガ―だけを認めたため、委員会は偏った構成で始められた。が、副委員長としてこれを主導したチェイニーは22年の中間選挙予備選で大敗、キジンガーも引退した。今やチェイニーはハリスと共に各地を回っている。
J6委員会は多くの証人を召喚したが、これに応じなかったトランプ側近のピーター・ナバロとスティーブ・バノンをバイデン政権の司法省は議会侮辱罪で起訴し、今年2人は3ヵ月間収監された。トランプのホワイトハウス首席補佐官マーク・メドウズの上級補佐官キャシディ・ハッチソンによる公聴会証言も話題となったが、チェイニーが虚偽証言を誘導した疑惑が目下浮上している。また中間選挙で下院の多数を占めた共和党の議長がJ6のビデオ画像の一部を公開するなどし、新た事実も出てきている。
トランプに対する数多の訴訟も起こされた。原告の多くがバイデン政権司法省であることから、トランプはこれらを民主党が大統領選に勝利するための「司法の武器化」と難じている。裁判でトランプはニューヨーク州での詐欺裁判や口止め料裁判の一審で有罪となったものの控訴がなされ、他の裁判でもトランプ側の遅延戦略が奏功して今日に至っている。トランプは自分が勝てば、自らをJ6事件の逮捕者らと共に恩赦すると公言している。
一方の民主党は、政権発足時から高齢による衰えを取り沙汰されて来たバイデンが、党の予備選で圧勝し続けて候補に選ばれた。が、6月末のトランプとの討論会で遂に隠しようのない耄碌振りを晒してしまった。慌てたペロシやチャック・シューマーら党幹部にオバマ元大統領までが加わってのバイデン降ろしが公然と行われ、予備選に出もしなかったハリス副大統領があれよあれよという間にトランプの対抗馬に躍り出た。
折しもトランプ銃撃事件で共和党陣営の勢いが盛り上がったところでのハリス登場は、民主党の上院議員で最も左寄りであった上、米国史上最も人気も実力もない副大統領との評価だったことを忘れたかの様に、「ハネムーン」のご祝儀相場と民主党員の多くが老バイデンの今後の4年に不安を懐いていたこともあり、以降の世論調査でトランプを凌駕する支持率を叩き出した。が、ここへ来てハリスの支持率が急落、トランプ勝利の確率が53%まで上昇しつつある。
その理由はトランプ支持が増えた訳ではなくて、筆者が拙稿「ハリス/ウォルズの『honey moon』は投票日まで続かない」で指摘したことが起きているのである。すなわち、政権の座にいた4年間を含めた8年間トランプがずっと米国民が知っている通りの彼である一方で、ハリス/ウォルズ陣営には彼ら2人とバイデン政権の悪材料が、この期間に億単位のドルが投入されるTVCM合戦やこのところのインタビューで表に出て来たのである。
ハリス/ウォルズにとって最も痛いのは、経済であれ不法移民であれ国際情勢であれ、バイデン/ハリス政権のこの4年間のそれがトランプ政権時代と比べて良くなったと思うか、という質問をされることだ。どの政党を支持するかに由らず米国民の多くは、トランプ時代の方が物価は安定し、不法移民はより少なく、国際紛争も起きなかったと実感している。それは国際社会も同様だ。
それらは取りも直さず、バイデン政権の副大統領がその責任から逃れられない性質のものである。一方、トランプに対してハリス陣営から流される悪宣伝はどれも既知の事項ばかり。例えば最近、トランプはファシストやヒトラーに近い旨を発言した当時の首席補佐官ジョン・ケリーにしても、トランプに安全保障担当補佐官を馘首されたジョン・ボルトンのベストセラー『回顧録』に、結局首にされたケリーとの仲が余すところなく開陳されている。
インタビューでJD・ヴァンスに対し、トランプ政権のミラーやボルトンを含む要路が挙ってトランプ非難をしている件を持ち出したCNNの司会者ジェイク・タッパーは、ヴァンスの理路整然とした逆襲に遭い、逆上して論争をしてしまい、世間のもの笑いになっている。ヴァンス曰く「ハリスは彼らを首にする立場にいなかっただけだ」。因みにタッパーは例のモニカ・ルインスキーと愛人関係にあるそうだ。
ハリス陣営のそうしたトランプ批判はバイデンの「ゴミ発言」と同様、前回トランプに票を投じた71百万人の支持者を愚弄することにもなる。両陣営の「Trolling」と称されるここ最近の煽り合戦は、自陣営により不利になると気付くべきだろう。大統領としての赫々たる実績があるトランプに比べ、副大統領として無策無能を晒し、大統領としての資質に懸念のあるハリスに対するトランプ陣営の煽りを、「やらして見なければ判らない」と擁護するには、米国の大統領職は余りに重責過ぎるのである。
それに比べて長らく党内野党に安住していたところ思いがけず首相になり、ブレまくっているどこかの国とトップ(ハリスのブレ振りもよく似ている)と違い、トランプは周りがハラハラするほどブレない。
例えばニキ・ヘイリーへの対応だ。最後まで予備選を降りなかったがトランプ支持を表明している彼女を、トランプは集会に招かない。彼女の数%は、そうしなくてハリスにはいかない、と読んでいるのだろう。あれだけ忠義を尽くしたペンスも「J6」に彼のいうことを聞かなかった咎で許していない。パリ協定やWHOや国蓮人権委からの脱退も平然とやってのける。これらは独裁などではなく国益を守るトップとしての矜持であろう。だからプーチンも近平も正恩もトランプを恐れるのだ。
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次にトランプが勝った16年のトランプ対ヒラリー、バイデンが勝った20年のトランプ対バイデンの大統領選での得票数について考察を試みる。前提となる数字は次の様である。
〇総得票数
16年:計128.9百万票、民主65.9百万票(51.1%)、共和63.1百万票(48.9%)
20年:計155.5百万票、民主81.3百万票(52.3%)、共和74.2百万票(47.7%)
・20年の総得票数が16年比で26.6百万票、率にして20.6%も増えたのは、有権者の関心が上がったというよりは、コロナ禍に伴う郵便投票や期日前投票の増加と推察される。共和党員は投票所での直接選挙を志向する傾向が高いとされることも民主党が票を伸ばした理由であろう。
〇州都部と郊外部の内訳
16年州都部:計23.1百万票、民主15.5百万票(66.9%)、共和7.6百万票(33.1%)
16年郊外部:計105.8百万票、民主50.4百万票(47.6%)、共和55.4百万票(52.4%)
20年州都部:計28.2百万票、民主18.6百万票(65.9%)、共和9.6百万票(34.1%)
20年郊外部:計127.3百万票、民主62.7百万票(49.3%)、共和64.6百万票(50.7%)
・筆者も4年前に数字を拾って、都市部と郊外の支持政党の違いの大きさに驚いた。今選挙の帰趨を握るペンシルベニアでは、16年も20年も人口が10数%に過ぎないフィラデルフィア周辺とそれ以外の地域で、民主党と共和党が80%台前半と10%台後半もの得票差があり、ニューヨークやDCの差は更に大きい。51州のどこもこれら程でないにせよ同様の傾向にある。
〇接戦7州の内訳
16年⑯:ミシガン計4.5百万票、民主2.27百万票(49.9%)、共和2.28百万票(50.1%)
20年⑯:ミシガン計5.5百万票、民主2.8百万票(51.4%)、共和2.6百万票(48.6%)
16年⑩:Wコンシン計2.8百万票、民主1.38百万票(49.9%)、共和1.41百万票(50.1%)
20年⑩:Wコンシン計3.2百万票、民主1.63百万票(50.3%)、共和1.61百万票(49.7%)
16年⑳:Pシルベニア計5.9百万票、民主2.93百万票(49.6%)、共和2.97百万票(50.4%)
20年⑳:Pシルベニア計6.8百万票、民主3.46百万票(50.6%)、共和3.38百万票(49.4%)
16年⑯:ジョージア計4.0百万票、民主1.9百万票(47.3%)、共和2.1百万票(52.7%)
20年⑯:ジョージア計4.9百万票、民主2.47百万票(50.1%)、共和2.46百万票(49.9%)
16年⑥:ネバダ計1.0百万票、民主0.54百万票(51.3%)、共和0.51百万票(48.7%)
20年⑥:ネバダ計1.4百万票、民主0.70百万票(51.2%)、共和0.67百万票(48.8%)
16年⑪:アリゾナ計2.4百万票、民主1.16百万票(48.1%)、共和1.25百万票(51.9%)
20年⑪:アリゾナ計3.3百万票、民主1.67百万票(50.2%)、共和1.66百万票(49.8%)
16年⑮:Nカロライナ計4.6百万票、民主2.2百万票(48.0%)、共和2.4百万票(52.0%)
20年⑮:Nカロライナ計5.4百万票、民主2.68百万票(49.3%)、共和2.76百万票(50.7%)
・上記のうち上から3州がラストベルト(錆びた工業地域)に、他の4州はサンベルト(温暖な地域)に属している。それにしても見事なswing state振りである。〇数字は選挙人数で、今回はミシガンとペンシルベニアが各1人減り、ノースカロライナが1人増えている。
接戦振りを物語るのは、4万票以内の差が、1万票台では16年のミシガン(共和の勝ち)、20年のジョージア(民)とアリゾナ(民)、2万票台では16年のウィスコンシン(共)とネバダ(民)、20年のウィスコンシン(民)、3万票台では20年のネバダ(民)、4万票台では16年のペンシルベニア(共)と8度もあることだ。
〇接戦7州の合計得票数
16年:合計25.2百万票、民主12.4百万票(49.0%)、共和12.9百万票(51.0%)
20年:合計30.6百万票、民主15.4百万票(50.4%)、共和15.2百万票(49.6%)
〇その他44州の合計得票
16年:合計25.2百万票、民主12.4百万票(49.0%)、共和12.9百万票(51.0%)
20年:合計30.6百万票、民主15.4百万票(50.4%)、共和15.2百万票(49.6%)
最後にいわゆる「非伝統的な投票」、すなわち郵便投票と期日前投票について、米国勢調査局によると20年の選挙で投票した155百万人の有権者のうち、43%が郵便で投票し、26%が期日前投票で投票した。これは16年から73%の増加である(10月25日の『Epoch Times』)。
同記事に拠れば、コロナ禍が終わった22年の中間選挙でも、投票した112百万人のうち36%が郵便投票を、21%が期日前投票を行っていた。20年より減ったとはいえ、投票日当日に投票所で投票する者がコロナ禍以前よりも大幅に増えたことに違いはない。この間に共和党知事の州では本人確認の厳格化に取り組んだが、投票者数の増加は良いとしても、郵便投票が増すに連れ不正選挙への懸念も増すのではなかろうか。その11月5日が目前だ。