病院という聖域(番外編):PCRに支配された「隔離医療」の現場

Drouk/iStock

※ 本稿は、拙稿『病院という聖域⑨:PCR偏重と発熱拒否が生んだ医療アクセス崩壊』を読んでくれた読者の実際の経験をもとに構成した論説である。病院名は匿名とする。

2024年8月、大阪北部。新型コロナウイルスが5類感染症とされてから1年と3か月が過ぎていた。

ある読者が受診したのは、伊丹空港から近い地域医療支援病院に指定された、200床以上・ICUおよびHCUを完備する総合病院だった。

このB病院への受診は、思いつきでも自己判断でもない。

読者は原因不明の発熱で中規模病院であるA病院に入院していた。入院先であるA病院から、精密検査を受けるために医療連携室を通じて正式に連絡・調整が行われた紹介受診である。

紹介状に加え、これまでの診療記録一式を持参しての転院同等の受診だった。

そのA病院ではすでに、

  • 発熱後1週間が経過した時点でPCR検査を実施
  • 結果は陰性

という医学的に重要な事実が確認されていた。

にもかかわらず——

B病院で患者を待っていたのは、医療連携の断絶と、思考停止した「PCR絶対主義」だった。

案内されたのは、病院ではなく「隔離プレハブ」

患者が案内されたのは、病院本館ではない。

敷地端に設置された、院外プレハブの発熱外来だった。

※ 画像はイメージ

時は2024年8月。コロナは5類感染症に移行してから、すでに1年3か月以上が経過している。

それでもそこでは、パンデミック初期と何一つ変わらない光景が「当然のように」展開されていた。

患者はプレハブの椅子に座らされる。

マスク姿の医師は隔離用ガラスの向こう側に立ち、壁から突き出た青い手袋を着け、直接触れない。

※ 画像はイメージ

会話は成立せず、補助の看護師が医師と患者の間を往復する「伝令役」になる。鼻腔への検体採取も、ガラス越しに行われた。

この時点で患者はすでに疑問を抱く。なぜ、正式紹介で来た患者が、いまだ「未確認危険物」のように扱われるのか。

無効化された医療連携

 繰り返すが、この患者には、

  • 医療連携室を介した事前連絡
  • 紹介状
  • 診療記録
  • PCR陰性という明確な検査結果

が揃っていた。

だがそれらは、「発熱」という一点だけで完全に無効化された。

医師は診療記録を基に病態を考察することもなく、

  • 触診なし
  • 喉の視診なし
  • 聴診なし

文字どおり、ガラスの向こう側から動かず一切の診察行為が行われなかった。

口にされたのは。

「もう一度PCR検査をします」
「結果が出ないと診察しない」

患者は説明した。すでにPCR検査は済んでおり、陰性であること。精密検査を受けに来ていること。発熱から1週間以上が経過している以上、再PCRよりも他疾患の可能性を考えるべきではないかという、当然の指摘である。

その返答は、医学的議論ではなかった。

「PCR検査の結果が出ないと、診察できません」「こちらの指示に従えないなら、帰ってください」

正式紹介も、診療情報も、患者の訴えも、一瞬で無効化された。

結局処方されたのは解熱剤のみ。そして、

「明日、PCRの結果が出たら、もう一度来てください」

という指示だけが残った。

結果は遅れ患者は放置された

問題は、ここからである。

PCR検査の結果は、予定どおりには出なかった。B病院から結果連絡があったのは、受診の翌々日だった。

その間、

  • 状態確認の連絡なし
  • 経過観察の指示なし
  • 悪化時の対応説明なし

患者は完全に放置された。

ここで、誰もが考えるべき問いがある。

この間に、患者の容態が急変していたら、どうなっていたのか?

肺炎が進行し、呼吸状態が悪化していたら?  PCR結果を待つあいだに取り返しがつかなくなっていたら、誰が責任を取るのか。

小さなクリニックで明らかになった「真実」

 患者はB病院を見限り、翌日、地元のクリニックを受診した。

そこでは、

  • 問診
  • 喉の視診
  • 聴診
  • 適切な検査

という、医療として当然の行為が行われた。

診断は明確だった。『マイコプラズマ肺炎』であったのだ。

クリニックの医師による適切な治療が開始され、症状は改善した。

何が失われていたのか

ICUもHCUも備えた地域の中核病院。地域医療支援病院という制度的肩書。

それにもかかわらず失われていたのは、

  • 医師が考えること
  • 患者を診ること
  • 医療連携を尊重すること

だった。

ここにあったのは医療ではない。「PCR結果が出るまで責任を持たない」という、制度的自己防衛である。

5類化とは何だったのか

コロナの5類化とは、いったい何だったのか。少なくともこの事例では、それは現場に一切反映されていなかった。

PCRという通行手形の下で、診察は停止し、医療連携は無効化され、患者は放置される。

検査が医療に取って代わったとき、医療は命を守らなくなる

 この事例は、例外ではない。「非常体制」を常態化させた日本医療が、いまもなお患者を切り捨て続けていることの、象徴である。

このB病院がいつまでこうした「PCR絶対主義」を続けていたかは定かでない。

だがそれ以上に問題なのは、本稿が取り上げてきた「面会制限」「コロナ陽性妊婦への帝王切開強制」と同様、これらがいずれも構造的な失敗として総括されないまま終わっていることだ。総括なき前例は、次のパンデミックで必ず繰り返される。

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