龍馬の幕末日記㉓ 老中の名も知らずに水戸浪士に恥をかく

2021年01月23日 06:00

※編集部より:本稿は、八幡和郎さんの『坂本龍馬の「私の履歴書」 』(SB新書・電子版が入手可能)をもとに、幕末という時代を坂本龍馬が書く「私の履歴書」として振り返る連載です。(過去記事リンクは文末にあります)

kscz58ynk/写真AC

安政5年に武市半平太は土佐に帰国することになった。郷士の次男という気楽な身分である私は延長も難しくなかったので期間延長を願って許された。しかし、すでに家督を継ぎ、また、白札という普通の郷士より上の上士波の身分である彼は、そう長く江戸におれなかったのだ。

「竜馬がゆく」では半平太も江戸に残って天下の情勢をその方面に疎い私にいろいろ教えてくれたとあるが、それは嘘だ。また、このころ、半平太とともに桂小五郎と交流したとか、容堂公のもとで剣術の御前試合をしたとかもすべて事実無根だ。御前試合の伝説は、もとの資料が捏造されたものだといまでは分かっている。

安政6年、正月に千葉定吉先生から「北辰一刀流長刀兵法目録」をいただいた。

本当はもっと江戸にいたかったが、国元からは帰ってこいといわれるし、手元の資金も底をついてきたので、土佐に戻ることになった。前年には免状をまだもらっていないというのも口実にできたが、そうもいかなくなった。

いま残っている姉の乙女に宛てた手紙にも、金がないと嘆きつつ、常陸から来た無念流の連中との試合があるので竹光を削っているとか、7月末か8月の初めには土佐へ向かって発つというようなことを書いてある。

この帰途に私が京都へ寄ったと「竜馬がゆく」にはあるが、私には覚えがない。高知に着いたのは、9月3日のことだが、その二日後に安政の大獄が始まり、やがて、慶喜公を将軍後継にしようと運動されていた容堂公にも災難が降りかかることになる。

「竜馬がゆく」ではこの大獄が始まった日に、武知半平太の制止を振り切り江戸を出たことになっているが、そのころは、もう高知だったし、半平太は前年に帰国していたのである。

ところが、しばらくして、高知に思わぬ客があった。井伊大老と対決していた水戸の武士で住谷虎之助と大胡聿蔵という者が国境の立川番所までやってきたものの入国を拒否され、私と奥宮猪惣次に入国を斡旋してもらえないかといってきたのである。

奥宮は上士で江戸で儒学者・佐藤一斎に学び、藩校致道館の教授をつとめ、中江兆民らを育てた人物だ。

千葉道場は先の試合でも分かるように水戸藩とは付き合いがあったから、私の名前を知っていたのである。このとき、奥宮は不在だったので私が立川番所へ出向いて話を聞くことにしたのだが、正直なところあまり話がかみ合わなかった。なにしろ、江戸で何が起きているかなどあまり詳しく知らなかったのである。

向こうもあきれたか、「龍馬は誠実でかなりの人物だが、ただの撃剣家で老中の名も知らず状況に通じていない」のでがっかりしたとのちに書いている。

高知まで飛脚が来たのが11月18日、立川番所へ出向いて彼らと会ったのが23日で、24日も引き続き意見交換をし、25日には立川を発って高知に向かった。住谷らは私が高知で入国が可能となるように交渉してくれると思って、しばらく立川で待っていたらしいが、私としては入国は難しいと十分に説明したつもりだった。だが、何日も待っていたと聞いて、申し訳なく思っている。

「竜馬がゆく」では、このときに武知半平太が江戸に行って不在だったことも龍馬が応接した理由のように書かれているが、半平太は江戸などに行っておらず、剣術の師範として名をなし、道場も大盛況だったころだ。彼が志士として目覚めるのはもう少し後のことだ。

*本稿は「戦国大名 県別国盗り物語 我が故郷の武将にもチャンスがあった!?」 (PHP文庫)「本当は間違いばかりの「戦国史の常識」 (SB新書) と「藩史物語1 薩摩・長州・土佐・佐賀――薩長土肥は真の維新の立役者」より

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評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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