アゴラでは日々たくさんのニュースをお届けしていますが、「忙しくて全てをチェックしきれない」という方も多いのではないでしょうか。
そこで、今週の数ある記事の中から特に反響の大きかったトピックを厳選。政治・社会保障から国際情勢、ビジネスまで、いま知っておくべき記事を凝縮してピックアップ。週末の振り返りや、知識のアップデートにぜひご活用ください。

お知らせ
【アゴラセミナー】7月3日開講!池田信夫「AI革命はビジネスをどう変えるか」

生成AIの進化は、1990年代のインターネット以来の革命をもたらしている。ホワイトカラーの失業や「AIレイオフ」は本当に避けられないのか——。
ドットコム・バブルの歴史から最新動向まで、AIとビジネスの現実を徹底分析。
■ 7/3〜(毎週金曜日、全12回)
■ 19:00〜20:45(Zoomオンライン)
講師は池田信夫アゴラ研究所所長。
AI革命による勝者と敗者を見極め、「AI氷河期」から身を守り生き残るための現実的な戦略を考えます。
▶ 申込はこちらから
みなさまのご参加をお待ちしています!!
政治・経済・社会保障
高市首相陣営の中傷動画疑惑をめぐり、文春が公設第一秘書と動画作成者のZoom音声を公開したことで、国会答弁との整合性が問題化しています。音声確認や秘書への事実確認をめぐる答弁も曖昧で、疑惑はネット工作から首相の説明責任へ発展しています。
「中傷動画」が虚偽答弁疑惑に発展:非を認めない姿勢に批判が集中(平河 邦夫)

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5月の企業物価指数が前年比6.3%上昇し、インフレ圧力の強まりが鮮明になりました。政府はガソリン・電気・ガス補助金で物価を抑えていますが、根本解決を先送りしているだけだと指摘。日銀の利上げ遅れと財政出動頼みが、円安とスタグフレーションリスクを高めています。
企業物価6.3%上昇で露呈する日銀金融政策と政府物価対策のちぐはぐ(アゴラ編集部)

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皇位継承をめぐる政府案について、国民の多くが「愛子天皇」を支持する中で、旧宮家の男系男子を養子に迎える案を進めることに疑問を呈しています。男系継承ルールの歴史的背景をたどりつつ、養子案には法の下の平等など憲法上の問題があると論じています。
「愛子天皇」をつぶす男尊女卑の養子案は憲法違反(池田 信夫)
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皇位継承をめぐる「立法府の総意」案について、男系派・女系派のどちらにも100%満足ではない妥協こそ議会政治の知恵だと評価。女性皇族の身分保持と旧宮家養子案を組み合わせ、将来の選択肢を残した点を前向きに論じています。
皇位継承:「国会の総意」は議会政治の良いお手本だ(八幡 和郎)

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現憲法下の天皇は、男系男子の血統ではなく、非権力的な国民統合の実践によって支えられてきたと指摘。皇室典範に残る旧制が女性皇族を皇室から排除し、皇室縮小を招いたとして、愛子さま・悠仁さま・佳子さまを軸に象徴天皇の伝統を継承できる制度改正を求めています。

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愛子さまは男系女子ですが、現行の皇室典範は「男系の男子」にだけ皇位継承を認めているため、このままでは天皇になれません。記事は、国会が皇室典範を改正し、女性・女系継承を認めなければ、将来の皇位継承は不安定になると説明しています。

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皇位継承をめぐる正副議長の取りまとめ案は、女性皇族の身分保持と旧宮家男系男子の養子案を「了」としました。しかし天皇陛下の「国民の理解」発言、野党の反発、与党で制度設計を詰めるという維新側の説明により、法制化前から国会の迷走が露呈しています。
皇位継承をめぐる「正副議長とりまとめ案」でまとまらない国会の迷走(池田 信夫)

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円安が再び1ドル160円台に迫る中、政府・日銀による為替介入の可能性を検討しています。介入は一時的な効果にとどまりやすく、米金利の高止まりや日本の金融政策、財政不安といった円安の根本要因が変わらなければ、流れを反転させるのは難しいと論じています。

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円安はGDPや企業利益、税収を押し上げる一方、家計や中小企業、年金生活者には物価高として重くのしかかります。筆者は1ドル120円と160円を比較し、国全体の数字では円安が有利でも、国民生活には円高の方が楽だと整理しています。
円安と円高、どちらが国民生活にはいいのかをきちんと精査する(永江 一石)

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日銀の植田総裁が金融政策決定会合を前に入院し、利上げ判断をめぐる市場の不透明感が高まっています。高市政権の積極財政・低金利志向と、円安・物価高に対応したい日銀の正常化路線が交錯し、中央銀行の独立性や国債市場の信認が問われる「日銀政局」が浮上しています。
植田総裁入院で浮上する「日銀政局」:利上げをめぐる高市政権との暗闘(平河 邦夫)

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日本維新の会が自民党に、70歳以上の医療費窓口負担を現役世代と同じ3割にする改革案を提案しました。高齢者医療費の膨張を抑える狙いですが、保団連は受診控えや命の格差を招くとして強く反発。世代間公平と医療アクセスの両立が問われています。
維新が自民に医療費「70歳でも3割自己負担」を提案:保団連は怒り心頭(アゴラ編集部)

国際・エネルギー
ポストリベラリズムの論客デニーン教授の講演を紹介。アメリカでは左右のリベラリズムが共同体や家族、地域経済を壊し、一般市民の絶望がトランプ現象を生んだと分析しています。日本社会には、かつてのアメリカが持っていた自治や公共精神の手がかりが残ると指摘しています。
リベラリズムはなぜ失敗したか:デニーン教授が語る「失われたアメリカ」(アゴラ編集部)

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イラン情勢をめぐり、核使用リスクはロシアやイランだけでなく、米国を含む大国にも広がっていると指摘。特定の国や指導者を悪魔化するだけでは本質を見失うとして、日本も戦後的な平和観を問い直し、歴史や古典から暴力と国家の現実を考えるべきだと論じています。
いま「核使用」に最も近い国はどこで、日本はどう向きあうのか(與那覇 潤)

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対立には健全なものと不健全なものがあり、敵を「悪」と決めつける姿勢は事実確認や対話を妨げ、抑止失敗を招くと指摘。軍事力だけで相手を思いとどまらせる発想には限界があり、敵の意図や認識を理解する努力こそ戦争回避に不可欠だと論じています。
「悪い対立」が戦争を招く:抑止失敗を避けるために(野口 和彦)

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西ドイツを震撼させた極左テロ組織RAFの歴史と、元メンバーのダニエラ・クレッテ被告への判決を紹介。法廷に支持者が詰めかけ、元テロリストを英雄視する光景を通じ、犠牲者を置き去りにした倒錯した左翼ロマンを批判しています。
ドイツ赤軍の亡霊:元テロリストを英雄視する倒錯(川口 マーン 惠美)

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政府試算では安価に見える事業用太陽光も、釧路湿原のような自然資本の損失を含めると評価は変わると指摘。湿原の生態系サービスを費用換算すると約9.4円/kWhが上乗せされ、発電コストはほぼ倍増します。脱炭素の名で自然を壊す矛盾を批判しています。
湿原破壊を費用換算するとメガソーラーのコストは倍になる(杉山 大志)

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日本の気候政策は、IPCCの前提を疑わないまま脱炭素を進める単線構造に陥っていると指摘。国会や官僚、学界、メディアが異論を排除し、再エネのコストやエネルギー安全保障への影響を十分に検証していないと批判しています。
日本の気候政策は「IPCC前提の単線構造」に陥っていないか(室中 善博)

ビジネス・IT・メディア
ラクをするとはサボることではなく、ムダな作業を減らして本当に価値のある仕事に集中することだと指摘。資料の体裁やメール文面に時間をかけるより、顧客課題や戦略に力を注ぐ人ほど成果を出し、評価されると説いています。
「ラクする人」が出世していく理由を、ようやく理解した(尾藤 克之)

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AIは知的生産を助ける一方、使う側の思考力や検証力がなければ誤情報を増幅させる道具にもなります。AI任せで考える力を失う人と、AIを使って思考を深める人の差は広がり、知性の格差がさらに拡大すると警鐘を鳴らしています。

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業績不振に揺れるホンダで、旧経営陣が三部敏宏社長の退陣を迫ったと報じられました。EV戦略の遅れや日産との統合協議の混乱を背景に、社内対立が表面化。創業以来の独立独歩路線と、再建に向けた経営刷新の行方が問われています。
経営危機のホンダでお家騒動:旧経営陣が三部社長に退陣要求(東 慎太郎)

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大人になると、叱責や指摘は「まだ期待されている」サインになります。逆に厳しかった相手が急に優しくなるのは、成長への投資をやめ、静かに距離を置く前兆かもしれません。フィードバックが減る社会では、自分で誤りに気づき修正する力が必要だと説いています。

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住宅価格の高騰で40年、50年の超長期住宅ローンが広がる中、月々の返済額を抑えられても、人生設計を長く縛るリスクがあると指摘。金利上昇や転職、病気、老後資金への影響を考え、借りられる額ではなく返せる期間で判断すべきだと説いています。
人生を縛り上げる40年、50年といった超長期住宅ローン(岡本 裕明)

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スペースXが初値160ドルを付け、宇宙開発企業から巨大金融銘柄へと存在感を広げています。スターリンクの成長や国防需要への期待が評価を押し上げる一方、マスク氏への依存や高すぎるバリュエーションには警戒も必要だと論じています。
スペースXの初値は160ドル:マスク帝国は宇宙から金融市場へ(東 慎太郎)

科学・文化・社会・一般
国旗損壊罪をめぐる議論を手がかりに、かつて「見たくない権利」を掲げて表現をキャンセルしてきたリベラルが、同じ論理を保守側に利用されていると指摘。自由を守るには、他者の言論を封じる姿勢から決別すべきだと論じています。
それでも、日本のリベラルは「キャンセル」を選んだ(與那覇 潤)

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YOSAKOIソーランは北海道の古い伝統ではなく、1992年に生まれた都市型イベントだと指摘。学校行事に取り入れるなら、地域文化としての魅力だけでなく、騒音や同調圧力、集団演舞が苦手な子どもへの配慮も必要だと論じています。
ヤンキー踊りと呼ばれるYOSAKOIソーランは、なぜ学校行事になったのか(九条 丈二)

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北鎌倉の明月院で紫陽花を楽しんだ後、鎌倉の日本料理店「北じま」を訪問。相模湾の魚や葉山牛、旬の野菜を使った繊細な料理を味わい、都内から気軽に行ける鎌倉の小旅行として、初夏の魅力を紹介しています。
紫陽花の明月院から美食の北じまへ。初夏の鎌倉で味わう小さな旅(出口 里佐)

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イオンモールで見かける中年男性の服装が「ダサい」とされる理由を、体型変化への無自覚や清潔感、サイズ感のズレから分析。高価な服よりも、自分の体に合った服を選び、髪型や姿勢を整えることが印象改善につながると説いています。

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Xで拡散した「イオンモールおじさん」批判をめぐる論争を紹介。中年男性の実用的な服装を嘲笑する風潮に対し、ルッキズムやジェンダーの非対称性、他人の外見に過度に干渉する社会の未成熟を問い直しています。
「イオンモールおじさん」ファッション論争が映す中年男性批判のゆがみ(アゴラ編集部)

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島根県松江市の国宝・松江城を訪ねる旅です。黒い下見板張りの天守が千鳥にたとえられる美しさや、現存天守としての歴史的価値を紹介。城下町の風情や堀川めぐりなど、松江ならではの落ち着いた魅力を伝えています。
国宝五城のひとつ、千鳥と准えられる松江城へ(ミヤコ カエデ)

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戦略研究は戦争を賛美する学問ではなく、国家間対立や危機管理を冷静に理解するための知的基盤だと指摘。日本の大学でも、安全保障をタブー視せず、国際政治、軍事、歴史、倫理を横断的に学ぶカリキュラムが必要だと論じています。
戦略研究は大学のカリキュラムに取り入れるべきか(野口 和彦)








コメント
今週ということで2026.06.13に金尾泰之さんが投稿した
『「旧宮家から養子をとる」って何するの?』に対するコメントです。
この記事は、皇室の将来という、国の根っこにかかわる大事なテーマを、中学生にも分かるように説明しようとしています。
まず、賛成できるところから。
記事が指摘しているとおり、いまの皇室典範という法律の第9条には、「天皇及び皇族は、養子をすることができない」とはっきり書かれています。
ですから、旧宮家の男子を皇族の養子に迎えようとするなら、まずこの法律を変えなければなりません。
これは動かしようのない事実で、記事の言うとおりです。
もう一つ、賛成できる点があります。いま国会でまとまった案では、「養子になって皇族になった本人には、天皇になる資格を与えない」と決められました。
その子や孫に資格を与えるのかどうか、与えるならいつ、どんな条件でなのか――いちばん大事なところが、まだ何も決まっていません。
記事が「一番大事なところが空っぽ」と批判するのは、もっともなことだと思います。
ここまでは、私も記事に同意します。
しかし、この記事には、見過ごせない大きな問題があります。
それは、憲法第14条の「門地による差別の禁止」――つまり「生まれた家柄で人を特別あつかいしたり差別したりしてはいけない」というルール――を持ち出しさえすれば、それだけで旧宮家の養子案を完全に否定できる、と書いている点です。これは、法律の考え方として、あまりにも乱暴です。
なぜ乱暴なのか。憲法に書かれているルールは、いつでも、どんなときでも、100パーセントそのまま通る、というものではないからです。
世の中では、憲法が守ろうとしている大事なルールどうしが、正面からぶつかり合うことがよくあります。そういうとき、どちらか一方を完全に勝たせて、もう一方をゼロにする、ということはしません。両方の大切さを見くらべて、「ここまでは許す、ここからは制限する」という線を引き、全体としてバランスをとる。これが憲法の使い方の基本なのです。
分かりやすい例をあげます。「表現の自由」と「プライバシー」です。自由にものを言ったり、本当のことを伝えたりする権利は、とても大切です。でも、だからといって、他人の秘密を何でも勝手に暴いて、世間にばらまいていいわけではありません。この二つの権利がぶつかったとき、「どこまでが許されて、どこからがダメか」を、線引きしていく。憲法とは、もともとそうやって、調整しながら使うものなのです。
皇室の話も、これとまったく同じ形をしています。
憲法は、第2条で「皇位は世襲(特定の血筋の人が受けつぐこと)のものである」と定めています。けれど、ここでよく考えてみてください。「世襲」というしくみは、つきつめれば、「ある特定の家系に生まれた人だけを、ほかの国民とはちがう特別な地位にあつかう」しくみそのものです。
つまり、憲法が認めている天皇制(世襲制)は、第14条の「家柄で差別してはいけない」というルールと、もともとぶつかり合う関係を、中に抱えこんでいるのです。
それでも憲法は、第2条で世襲をはっきり認めています。
ということは、ここで本当に問うべきなのは、「家柄が関係するから、全部いっぺんにアウト」という単純な話ではありません。憲法が認めた「皇室」という特別なしくみを守っていくうえで、14条の平等のルールとの兼ね合いの中で、「どこまでの調整なら許されて、どこからが許されないのか」という、むずかしい線引きの問題のはずです。
ところがこの記事は、いちばん大事なはずのこの「バランスをとる」という視点を、すっぽり落としてしまっています。
今回の旧宮家からの養子案についても、「門地差別」という言葉だけで、最初から「絶対ダメな抜け道」と切り捨てるのはだめです。
きちんと議論の土俵にのせて、「いまの憲法と法律の枠の中で、国民が納得できる、きちんとした形に設計できるかどうか」を確かめること。
それこそが、本当にあるべき態度ではないでしょうか。
いま日本の国会や専門家の間で行われているのは、まさにこの「憲法上、どこまでの調整なら許されるのか」という、線引きさがしの作業なのです。
最後に、ひとつ大事なことを書いておきます。
私は、旧宮家の養子案に何も問題がない、と言いたいのではありません。むしろ、疑問はたくさんあります。皇室を離れてから約80年がたった家系の人を、いまさら皇族として迎えることに、国民が自然に納得できるのか。本人や家族が、本当にそれを望むのか。そして記事も指摘したとおり、「子や孫の継承資格が空白」という大きな穴もあります。こうした、現実にもとづいた具体的な疑問を投げかけ、慎重に検証していくことは、とても健全で、正当なことです。
問題なのは、そういう本物の論点で勝負するのではなく、「門地差別だからアウト」という、たった一言の決めゼリフで、議論そのものを終わらせようとしている、その書き方です。
「憲法上の権利どうしはバランスをとる」という基本も無視して、家柄差別の一言で切ってしまうのは、あまりに視野がせまいと言わざるをえません。
「複雑な話を単純にしすぎて、一つの結論へと読者を誘導すること」は駄目です。
次の時代をになう若い読者に、皇室の問題を本気で考えてもらいたいのなら、なおさら、一面的な憲法解釈を植えつけるのではなく、
「14条とぶつかる。それでも天皇制は認められている。ならば、その特別なしくみの中で、養子案はどこまで許されるのか」という、
いちばん考えがいのある問いこそを、手わたすべきだったのではないでしょうか。